第14話 王都への招待状
夜明け前。
村の門番が慌てた様子で駆け込んできた。
「アレン様、クラリス様! 王都からの使者が……!」
村人たちがざわめき、広場に集まる。
そこに現れたのは、王家の紋章を掲げた豪奢な馬車だった。
護衛の兵士は十数名、だが剣を抜く気配はなく、あくまで“外交”を演じているようだった。
馬車から降り立ったのは、冷徹な瞳を持つ文官。
白い手袋を外し、丁寧に一礼した。
「追放された騎士アレン・クロフォード殿。そして、断罪された侯爵令嬢クラリス・フォン・ローゼン殿」
その声は妙に澄んでいて、逆に不気味だった。
「王都よりの伝言を預かっております」
文官は巻物を広げ、朗々と読み上げる。
『王国は貴殿らの働きを惜しむものなり。
かの盗賊団を退け、辺境を安定させた功を認め、
王都に招き入れ、正式なる地位を与える所存である。
速やかに王都へ参じ、陛下の前にて忠誠を誓われよ』
読み終えると、文官は恭しく頭を垂れた。
「……とのことです。これは和睦の証。拒む理由はございますまい」
広場がざわついた。
村人の中には「王都に認められるのか!」と喜ぶ声もあれば、「罠に決まっている」と警戒する声もある。
アレンは黙ったまま文官を見つめていた。
クラリスが代わりに口を開く。
「……面白いわね」
彼女の紅の瞳が怪しく光る。
「追放した者を、今さら“功を認める”ですって? ずいぶんと都合のいい話だこと」
文官は表情を崩さず、淡々と答えた。
「王都は寛大です。反逆の芽を摘むより、功ある者を取り立てるのが王の慈悲でございます」
「慈悲、ね……」
クラリスは小さく笑った。
「そう言っておいて、王都に足を踏み入れた途端、首をはねるつもりでしょう?」
文官の眉がわずかに動く。だがすぐに冷笑に変わった。
「信じるかどうかは、貴殿ら次第。ただし――」
彼は声を低め、広場の全員に聞こえるように言い放った。
「もし招きを拒めば、王都は貴殿らを正式に“反逆者”と認定するでしょう。軍勢をもって討つしかなくなるのです」
広場の空気が張り詰めた。
ミーナが不安げにクラリスを見つめ、聖女エリナが両手を胸の前で組む。
ギルバートは腕を組み、低く唸った。
「やはり来やがったな……懐柔か、それとも挑発か」
アレンは剣の柄に手を置き、文官を見据えた。
「……王都は俺たちを敵と見なす覚悟を決めたということだな」
文官は冷ややかに微笑んだ。
「そう受け取られるならば、ご自由に」
その挑発に、クラリスの唇がわずかに歪む。
「ええ、受け取らせてもらうわ。つまりこれは、“戦の宣告”と同じよね」
村人たちがざわめく。
アレンは手を挙げ、彼らを静めた。
「聞け! 王都は俺たちを試しに来た。従えば鎖に繋がれる。拒めば、戦いだ。……だが俺はもう、跪かない」
クラリスが続ける。
「そうよ。ここは私たちの国――追放者の国。誰に許しを請う必要もない。
招待状? いいえ、それは王都の“恐怖”の証。私たちが脅威になり始めたからこそ、和睦を装って揺さぶりに来たのよ」
その言葉に、村人たちの表情が変わる。
恐れは決意に、迷いは誇りに。
文官は巻物を畳み、冷笑を浮かべた。
「残念ですな。貴殿らが和を選ばぬなら……後悔することになるでしょう」
彼は踵を返し、兵を連れて去っていった。
馬車の車輪が軋む音が遠ざかると、広場に重い沈黙が落ちた。
やがてギルバートが口を開いた。
「さて……本格的にぶつかるしかねぇな」
ミーナが唇を噛む。
「戦になれば、多くの血が流れます」
エリナは瞳を閉じ、祈るように言った。
「でも……私たちはもう後戻りできない。ここを守るためなら、どんな犠牲も無駄にしない」
アレンは剣を高く掲げた。
「王都に告げる。俺たちはもう奴隷じゃない! 追放された者たちの誇りを賭けて、戦い抜く!」
クラリスが紅の瞳で夜空を見上げ、宣言する。
「そう――次に王都で名を響かせるのは、“悪役令嬢”ではなく、“最強夫婦”よ!」
その声は広場に響き渡り、村人たちの胸を熱くした。
焚き火が燃え盛り、炎の粉が夜空へ舞い上がる。
――“戦”の幕は、ついに上がろうとしていた。