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第11話 隣国の使者

 王都からの使者ラグナル卿が去って数日。

 村には再び緊張が走っていた。王都が軍を差し向けてくるのは時間の問題――誰もがそう思っていた。


 だが、その前に現れたのは意外な存在だった。


 午後、村の門前に、銀色の紋章を掲げた一団が現れた。

 鎧や衣服の意匠は、この国のものではない。鋭い鷲の紋章――それは、王都の北に位置する小国「エルヴァーン」の使者を示していた。


「……隣国が、わざわざ辺境の村に?」

 クラリスの眉が動く。


 先頭に立つ男は、鮮やかな青の軍服をまとい、無精髭をたくわえていた。

 その目は笑っていない。まるで獲物を値踏みするような鋭さを帯びていた。


「初めまして。私はエルヴァーン王国の特使、カミルと申します」

 男は馬を降り、恭しく一礼した。

「突然の訪問をお許しください。私どもは――あなた方に“同盟”を申し出に参りました」


 広場に集まった村人たちがざわめく。

 同盟。つまり、隣国がこの辺境の村を正式な勢力として認めるということだ。


「どういう風の吹き回しかしら」

 クラリスが冷ややかに問いかける。


 カミルはにやりと笑った。

「簡単な話です。我が国は王都の横暴に長年苦しんでいる。そこで、追放された者たちが新しい力を築きつつあると聞いた。ならば手を取り合えば、互いに利益になる」


 アレンは警戒を隠さず剣の柄に手を置いた。

「利益? つまり俺たちを“駒”として使いたいんだろう」


 カミルは肩をすくめる。

「まあ、言い方を選ばなければそうなりましょうな。だが悪い話ではない。武具や食料を供給し、兵を貸すこともできる。その代わり、あなた方には“王都との戦”で矛先を共にしてもらう」


 村人たちの表情に動揺が走る。

 戦いを恐れる心と、力を欲する心――二つの思いがせめぎ合っていた。


 クラリスはしばらく黙っていた。

 そして、ふっと笑う。

「……なるほど。あなた方は、私たちを“利用できる”と思っているわけね」


 カミルの目が細くなる。

「ええ。ですが、互いに利用し合うのは悪いことではないでしょう?」


 クラリスは前へ出て、紅の瞳でまっすぐカミルを見据えた。

「いいえ。私たちはただの追放者ではない。この村は、やがて“国”になる。あなた方に従属する気は一切ないわ」


 その言葉に、村人たちがどよめき、カミルの表情がわずかに引き締まった。


「……強気なお嬢様だ。しかし、現実を見ろ。王都はお前たちを潰すつもりだ。独立を口にするなど無謀だ」


「無謀? ええ、そうでしょうね」

 クラリスは微笑んだ。

「でも、あなた方も知っているはず。時に“無謀”こそが歴史を動かすのだと」


 その一言は、かつて侯爵令嬢として数々の陰謀を渡り歩いてきた彼女の自信そのものだった。


 緊張に包まれる広場。

 そのとき、アレンが口を開いた。

「俺たちは従わない。だが、敵対するつもりもない。……互いに利益があるなら、“対等な協力関係”を結ぼう」


 クラリスが頷く。

「そう。私たちは駒じゃない。もし同盟を結ぶなら、“追放者の国”と“エルヴァーン”の間で、ね」


 カミルは数秒間沈黙し、やがて苦笑した。

「……なるほど。王都がなぜお前たちを恐れるのか、少し分かった気がする」


 その目はもはや軽んじるものではなく、確かな警戒を帯びていた。


「いいでしょう。王都との衝突が始まれば、我々も動く。その時までは……様子を見させてもらいます」


 そう告げ、カミルは兵を率いて森の奥へと去っていった。


 夕暮れ。

 村の高台に立ち、アレンとクラリスは遠ざかる旗を見送っていた。


「隣国まで動き始めた……いよいよ王都との戦は避けられない」

 アレンの声は重かった。


「ええ。でも同時に、私たちは“国”として認められ始めている。利用されるか、利用するか――選ぶのは私たちよ」

 クラリスは誇り高く微笑む。


 その横顔を見ながら、アレンは静かに誓った。

「必ず守る。この村も、仲間も、そして……お前も」


 クラリスは視線を逸らさずに言った。

「なら私も誓うわ。あなたの隣で、世界を覆す」


 燃える夕陽が二人を照らし、辺境の村は一層強い光を放ちはじめる。


 ――そして、王都と隣国の思惑を巻き込む“大戦”の幕が、静かに上がり始めていた。

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