第10話 王都からの使者
夕暮れの村に、馬蹄の音が近づいてきた。
緊張した村人たちが柵の向こうを見つめると、鎧に身を固めた兵士たちと、紋章入りの旗を掲げた馬車が現れる。
「……来たわね」
クラリスが呟いた。
その声には恐れではなく、どこか静かな闘志が混じっていた。
馬車から降り立ったのは、王都の紋章を刻んだマントを羽織った男――王国騎士団の高官、ラグナル卿だった。
白髪交じりの壮年、切れ長の瞳は冷徹に村人たちを見下ろしている。
「ここが……追放者どもの集う“辺境の村”か」
吐き捨てるような声。
村人たちは怒りに震えたが、アレンが一歩前に出て彼らを制した。
「ラグナル卿。わざわざ辺境までとは、どういうご用件でしょうか」
「用件は一つだ」
ラグナルは鼻で笑い、冷たい声で告げた。
「貴様らは王国に仇なす不穏分子。剣を置き、膝を折り、王都へ戻れ。さもなくば――反逆者として討伐する」
広場がざわめきに包まれる。
村人たちの視線がアレンとクラリスに集まった。
クラリスはすっと前に進み、赤い唇を開いた。
「ふふ……随分な言い草ね。断罪された“悪役令嬢”に、今さら何の用かしら」
ラグナルの瞳が細くなる。
「貴様……まだ王都を恨んでいるのか」
「恨む? 当然よ。だって私を陥れたのは、そちらでしょう?」
クラリスの声は冷ややかだが、堂々としていた。
「だが――もう私は怯えない。私の隣には、追放された騎士がいる。そしてこの村には仲間がいる。あなた方の思惑通りにはならないわ」
その言葉に、村人たちから歓声が上がる。
ラグナルの表情が険しくなった。
「増長するなよ、小娘。……アレン・クロフォード」
名を呼ばれ、アレンは一歩前へ出た。
「お前の剣は本来、王都のために振るうべきものだ。下賤の村人を守るなど、騎士の誇りを踏みにじる行為だ」
アレンは剣の柄に手を置き、低く答えた。
「違う。騎士の誇りとは、弱きを守ることだ。お前たちのように権力のために剣を振るうことじゃない」
その瞬間、空気が張り詰めた。
ラグナルの背後で兵士たちが槍を構える。
村の男たちも剣を抜き、両者がにらみ合った。
しかし、クラリスが手を上げて静止した。
「今日は血を流すつもりはないのでしょう?」
彼女の挑発的な笑みが、ラグナルの苛立ちをさらに煽る。
「……いいだろう。だが覚えておけ。このままなら、王都は必ず軍を送る。お前たちの“小さな国ごっこ”は、すぐに終わる」
吐き捨てるように言い残し、ラグナルは兵を連れて引き上げた。
去りゆく馬蹄の音が遠ざかる中、広場はしばし静まり返っていた。
やがてクラリスが口を開いた。
「……来るわ。次は“本物”が」
「王都の軍勢か」
アレンは剣を握りしめる。
その横で聖女エリナが祈るように言った。
「でも……今なら、立ち向かえる。剣も、魔導も、癒やしも揃っている。あとは――覚悟だけ」
ギルバートが豪快に笑った。
「はっ、軍勢がどうした! こっちは追放鍛冶師だぜ? 鋼は折れねぇし、魂も折れねぇ!」
ミーナも小さく頷く。
「私は薬で、必ず皆を守ります」
仲間たちの声に、村人たちの表情が引き締まる。
そしてアレンは、クラリスと目を合わせた。
「来るなら来い。俺たちはもう逃げない」
「ええ。王都を覆す“逆襲”を、始めましょう」
その夜、村の空に焚き火の煙が昇る。
追放された者たちの小さな誓いは、やがて大きな炎となって王都を焼き尽くす――その序章だった。




