第9話 かつての仲間の影
王都。
白大理石の城壁が夕陽に赤く染まり、壮麗な塔の影が石畳を覆っていた。
その奥、騎士団本部の広間には、鎧に身を包んだ騎士たちが整列していた。
「報告します。辺境の小村が盗賊団を壊滅させたとの情報が入りました」
報告を受けたのは、騎士団副団長であり、アレンを追放した張本人――グレイゴールだった。
厳めしい顔に深い皺を刻み、冷徹な瞳で報告を聞き流す。
「辺境の小村ごときが盗賊団を退けた? よくあることだろう」
しかし、別の騎士が続けた。
「目撃者の話によれば……その中心にいたのは、剣を操る一人の男と、闇の魔法を使う金髪の女だったとか」
グレイゴールの眉がぴくりと動く。
隣に控えていた若き騎士、ライナーが口を挟んだ。
「まさか……アレンじゃないですよね? あいつは“役立たず”として追放されたはずだ」
その名を聞いた瞬間、広間に一瞬の沈黙が走る。
やがて、グレイゴールが苦々しく吐き捨てた。
「……ありえん。あれは下級の中でも最下層、我らの足を引っ張るだけの無能だ。そんな男が辺境で勢力を築けるはずがない」
だが、別の報告が届いていた。
「聖女が辺境に姿を現した」という噂。
そして「鍛冶師や薬師が加わり、小さな国を築こうとしている」という囁き。
積み重なる報告に、空気が重くなる。
「放ってはおけませんな」
そう口を開いたのは、宰相バルドー。
肥えた体を椅子に沈め、冷笑を浮かべている。
「ただでさえ民衆の不満が募っているというのに、“追放者の国”などが広まれば、王都の威信が揺らぎますぞ」
「ならば……潰すべきでしょう」
ライナーが低く言う。
アレンを見下していたはずの彼の目に、焦りが宿っていた。
一方その頃。
王都の奥、豪華な謁見の間では、王太子ユリウスが玉座に腰掛けていた。
かつてクラリスを「嫉妬深き悪役令嬢」と断罪し、婚約を破棄した男。
「辺境に集う勢力……その中心にクラリスの姿がある、と?」
王太子の声には、微かな苛立ちが混じっていた。
「はい、殿下」
侍従が頭を下げる。
「断罪されたはずの令嬢が、辺境で追放騎士と結託し、勢力を拡大していると」
「ふん……あの女、まだ足掻くか。だが所詮は悪役、悪あがきに過ぎぬ。いずれ潰える」
王太子の嘲笑が響いた。
だが、その笑みにも隠しきれぬ不安が漂っている。
場面は変わり、辺境の村。
アレンは鍛錬を終え、クラリスと並んで夕暮れの村を見渡していた。
村人は皆活気に満ち、鍛冶場の槌音や子供たちの笑い声が響いている。
「……悪くない景色だ」
アレンがつぶやく。
「ええ。だけど、その分、王都も必ず気づくわ」
クラリスの声は静かだった。
そのとき、聖女エリナが歩み寄り、真剣な眼差しで告げる。
「王都から、追っ手が来ます。……私がいた神殿の者たちが動いたのを、感じます」
空気が一気に張り詰めた。
アレンは剣の柄を握りしめ、クラリスは微笑んだ。
「来るなら来ればいいわ。あの日、私たちを捨てた王都が――今度は、恐れに震える番よ」
炎のような夕陽が二人を照らしていた。
“追放者たちの村”は、ついに王都と正面からぶつかる運命へと歩み始めたのだった。




