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騒然とした街の中。ただ事ではないということを音によって伝えているようだった。
「フレンチナ民主国警察の発表によりますと、アデナン君主救国軍による大規模攻勢が確認され、首都フレーム付近にまで差し迫っているという事です。」
隣国のフレンチアが、何とも反乱勢力による攻撃を受けているという。クラクション、人の声、響くサイレンが合唱のようにまとまり、騒ぎはより一層大きくなるが、彼のアナウンサーはそれが聞こえないのだろう。
「これを受けてフェルタス大統領府官邸では、国家安全保障会議が開催されて___」
「今すぐに軍を派遣して、大使館職員を救出すべきです。幸いにも、フレンチナ政府は陸路での退避をするよう邦人に通告していますが、外交職員はそうではない。手遅れになれば、外交カードにも...」
軍事大臣【ヴレナ・ランカス】は、力強く一つ一つの言葉を発していた。
それもそのはず、国家の威厳に係る一大事件であり、自身のレールに影響を及ぼす可能性があるのなら、必死になっても仕方ないのだろう。
「ランカス大臣、いったん落ち着いてくれ。」
国家安全保障会議議長____たる首相【フェレン・シュパイナ】は、軍事大臣のそれに比べれば落ち着いている。むしろ、その落ち着き様が、次第に恐怖するほどだ。
若いながらも、その冷静さを保っているのには何か理由があるのだろうか。
「...しかし、実力組織を伴わない退避は危険か。」
ため息をついた。会議室の意識は、シュバイナに注がれている。次に紡がれる言葉。それを待っているから。
一秒を刻んでゆく秒針も、換気扇の機械音も、彼らにとっては雑音にはならなかった。
「...わかった。軍を派遣しよう。しかし、作戦行動範囲はフレームに限定する。交戦規定《ROE》も新たに策定していただきたい。その点について、フレンチナ外交主管庁に連絡と申請を頼む。その他は命令発出に備えて庁舎に待機。以上」
淡々とした命令の発出は、ピリピリとしたこの空気に残る唯一の"ナレーター"だ。それを聞いた刹那、ランカスは立ち去っていく。