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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天通池

作者: どろろ昆布


【天通池】

その昔、戦で旦那を亡くした女が命を経とうと池に近付いたところ、水面に旦那が写りまだこちらに来てはいけないと止めたそうだ。

それからこの池は天国に通じていると言われ天通池(てんつういけ)と呼ばれるようになったのだ。


「へぇ、じゃぁその池に話しかけると亡くなった人に会えるの?おばあちゃん。」

「言い伝えではね。ただ、天通池には怖い言い伝えもあってねぇ。」

「えっ、怖い言い伝え?」

「ああ。天国に通じているせいかそこに死体を投げ入れると二度と浮かんでこないと言われている。」

「えっそんな訳ないよ!」

「だが昔の人は信じたんだ。…昔のこの地域はな、酷い飢饉で今日1日生きられるか分からない程苦しい生活だったんだ。そんな生活だから口減らしが多かったんだよ。」

「口減らしって何?」

「…育てられないから、自分の子供を殺してしまうことさ。今では考えられないけど、昔は自分たちでさえ生きていくのもやっとな生活だったんだ。だから大人達は夜に天通池に向かうと子供を投げ入れてたんだ。」

「…そんな悲しい事があったんだね。」

「ねぇ、おばあちゃん、この間話してくれた藤吉(とうきち)という人も天通池での話だよね?」

「ああ、周吾はよく覚えてたね。そうさ、藤吉も人を投げ入れてた奴だ。だけどあいつが投げ入れてたのは自分の子供では無い、喰った人間を投げ入れてたんだよ。」

「ええ!」

総悟が怯えた声をあげる。

「食べる物が無かった時代…食べなければ死んでしまう、そんな時代だったから藤吉が人を喰っているという噂が立っても誰も責められなかった。元々貧しい生まれで畑などの領土も無い藤吉はどうにかして食べ物を得なくてはならない。そんな苦しい状況をわかっていた村人は見て見ぬふりをしていたんだ。」

「そんな…。」

今では到底考えられない話だ。

「だけど人を喰らうというのは鬼にでもなってしまうのかね?今まで亡くなった人を食べていた藤吉は気でもふれたのか生きてる人間を襲うようになったんだ。やはり子供が襲いやすいのか藤吉はよく子供を襲っていた。一人でいる子供などに狙いを定めると藤吉は襲い喰ったあと池に沈めるんだ。 流石にまずいと思った村人は総出になって藤吉を殺すことにした。山に逃げ込んだ藤吉を村人総出で追い込んだんだ。だけど…藤吉は見つからなかった。」

「見つからなかったの?」

「ああ。一晩中探しても見つからなかった。見つかったのは藤吉に喰われた子供たちの残骸だけ。沈める前のものだろう。…村人達は仕方なく1度山から降りたがその後も藤吉が姿を見せることはなく、おそらくもう逃げられないと思った藤吉は池に身を投げたんだろうという話になったんだ。」

「うう…おばあちゃん、僕もう怖いよ…。」

総悟が泣きそうな顔でおばあちゃんの袖を掴む。

「あ、すまない。お前たちを怖がらせるつもりはなかったんだ。さ、スイカがあるから食べなさい。」

おばあちゃんはそういうと台所へ行った。

「ふん、総悟は相変わらず意気地無しだな。」

総悟はその言葉に顔を赤くして俯いた。


―総悟は俺の6歳下の弟で今年小学校に上がった奴だ。

昔から女々しく、また、身体の弱かった総悟はあまり友達が居なくて、唯一の親友は大事にしているうさぎの人形だ。

…気持ち悪い。

いくら小学校に上がったばかりとはいえ、よくうさぎの人形に話しかけている弟に俺は心の底から嫌悪感を抱いていた。

また、身体の弱い総悟が発作を起こすと両親は付きっきりになる。…それで何度遊びの予定が消えたことか。

発作が起きる度にそのまま死んでしまえば良いのに、と何度も思った。だけどこいつはしぶとかった。


ふん、真っ青な顔をしてうさぎの人形を握りしめている。ざまあみろ、こいつは今日おねしょ確定だな。

総悟に嫌がらせするためにおばあちゃんに藤吉の話を切り出したのは正解だったな、と俺はほくそ笑んだ。



********

翌日、総悟は期待通りおねしょをしていた。

流石に恥ずかしいと思ったのだろう。今日は朝から元気がなかった。

「総悟、そんなに落ち込むなよ。」

俺は笑いそうになるのを堪えて励ます。

「うん…。」

また泣きそうな顔になる総悟を見るのがたまらない。

「…しょうがないな。総悟、お兄ちゃんがカブトムシ捕まえてやるよ。」

「え!本当!?」

「ああ、網も籠もあるから、取りに行こうぜ。」

何も知らない馬鹿な弟は嬉しそうに俺の後を着いてきたのだった。




「わぁ、凄い!クワガタもいるよ!」

大きい山だからか珍しい昆虫が沢山いた。

総悟はおねしょをしたことも忘れ嬉しそうに走り回る。

「おい、総悟。あんまり走ると発作が起きるから。」

俺の言葉に総悟は悲しそうな顔をして大人しくなる。

ふざけんな、お前が発作を起こすと俺が迷惑なんだよ。

「…そうだ、総悟、奥にもっと珍しい昆虫がいるんだよ。」

「え!?本当!?」

長居して発作を起こされたらたまったもんじゃない。

俺は今日の目的を早々と済ますことにした。



「…ここ?」

奥は木々が生い茂ってるせいか日があまり入らず暗くなっていた。

怖くなったのか総悟は不安そうな顔になっている。

「ああ、ほら、あそこだよ。」

俺が指さすところには不気味な大きい池があった。

「お…お兄ちゃん怖いよ…。この池って…。」

「ああ!おばあちゃんが言っていた天通池だよ!」

その言葉に総悟は泣き出してしまった。

「お兄ちゃん怖いよ!それに天通池には絶対行ってはいけないっておばあちゃん言ってたじゃないか!」

「本当に総悟は意気地無しだな。何も池で泳ごうって訳じゃないんだから。」

よし、これで総悟は今日もおねしょ確定だな。俺はほくそ笑む。

「池に行っちゃいけないって言ってたもん!お兄ちゃんの馬鹿!」

「なんだと!」

こいつめ!俺は総悟の腕を強く引っ張る。痛みのせいか総悟の顔が歪む。

総悟のクセに口答えしやがって。…こいつをこのまま池に沈めてしまおうか。

…そうだ、池に沈めたら死体が上がらない。俺が沈めたなんて誰にもバレない…。

お兄ちゃん痛い!離して!と泣き叫ぶ総悟を見て冷静に考えてた時だった。後ろからガサッと草をかき分ける音が聞こえてきた。

ビクッとして思わず総悟の腕を離す。

熊か!?と思って怯えていたがそこには小柄な男が立っていただけだった。

なんだよ、驚かすなよ、と苛立ちながら男を凝視した俺は背筋が凍るような感覚に陥った。

…なんだこの男、まるで何日も山にいたような汚い格好に目は焦点が定まっていないようだった。

口からはヨダレが垂れていて悪臭が漂う。

「うう…!」

あまりの匂いに後ずさると男が焦点の合わない目を動かし話し始めた。

「あが、ぐゆや、だじ。」

歯が無いせいか何を言ってるのかさっぱり分からない。わかることは男が喋る度に酷い悪臭が辺りに充満することと、この鎌を持った男から一刻も早く逃げなくてはいけないことだ!


「うわぁぁ!」

俺は大声を上げながら急いで山を降り始めた。

「待って!お兄ちゃん待ってよ!」

総悟が大泣きしながら後を着いてくる。

その後ろを奇声をあげながら男が鎌を振り回して走ってきた。

なんだあいつ。今の時代にあの池に死体を捨てに来たのか?

いや、今の時代あんな格好してる奴いるのか?

もしかして…あいつ…。

俺が恐ろしい事を考えている時だった。

「うわぁ!」

後ろから総悟の声とドシン、という音が聞こえた。

振り返ると総悟が木にでも躓いたのか転んでいた。

「何やってんだよ…!」

俺が呆れながらも総悟の方に近づく。

「ひぃ!」

凄い形相で男が走ってくる。

「お兄ちゃん行かないで!助けて!」

…そうだ、俺がこいつを置いていったらこいつはこの男に殺される。…これは良いチャンスじゃないか。

俺が総悟を置いて走り出そうとした時だった。

急に鹿が男の前に飛び出してきた。

男は鹿の首を持っていた鎌で掻っ切ると噴水のように飛び出た血をすすり始めた。

…間違いない、こいつは…藤吉だ!

血走った目で首に食らいつく男を見て俺は確信した。


あまりの光景に固まっていると鹿の内臓に食らいついてる男と目が合った。

逃げなきゃ!男が鹿を食べ終えたら俺たちが食われる!俺は総悟を置いて急いで走り去った。




「お…おぇぇぇ!」

全速力で走ったせいか、あんなおぞましい光景を見たせいか、俺は山から降りて立ち止まると吐いてしまった。

「おぇぇぇ!!」

ダメだ、吐き気が収まらない。

しゃがみこんで吐いていると総悟が大泣きしながら山から出てきた。

ヒュー、ヒュー。

全速力で走ったせいか総悟は発作が起きている。

くそ、めんどくさい時に発作起こしやがって!

俺は急いで立ち上がると総悟の肩を掴み怒鳴った。

「いいか!?この事は絶対皆に言うなよ!?わかったな!?」

総悟は苦しそうに涙を流しながら何度も頷いた。



*********

「2人ともどうしたんだい?食欲がないなんて…。」

あんなおぞましい光景を見たんだ。夕飯を食べる気には全くなれなかった。

それは総悟も同じで、発作が治まった後うさぎの人形を抱きしめながら大人しくしていた。


…藤吉は生きていたんだ。いや、かなり昔の出来事だ。普通なら死んでいる。…人を喰らいすぎたのか、藤吉はもう人間では無いんだ。

もう二度とあの山には登らない。

いや、俺はもう来年から恐怖でこの村には来れないだろう…。

おばあちゃんと過ごす最後の夏休みになりそうな予感に、俺は後悔と消えない恐怖で涙を流していた。



********

「あのね、うさちゃん。お兄ちゃんには誰にも言うなって言われたけど、うさちゃんだけには言うね。今日ね、凄い怖いことがあったんだよ。怖い山で、怖いおじさんに会ったの。凄い臭くて怖かった。お兄ちゃんが何かを見て怯えていたけど、僕は転んでうつ伏せになっていたから分からなかった。

…ああ、うさちゃん。今日も僕おねしょしちゃいそうだよ。

本当はお兄ちゃんと一緒に寝たいけど、おねしょしたらお兄ちゃんに悪いし…それに、さっきからあの怖いおじさんがお兄ちゃんをずっと見てるんだ。お兄ちゃんは気づいてないみたいだけど…。あ、誰にも言わないでって言われたから言わないよ!うさちゃんも秘密だからね!」

総悟はそう言うとうさぎの人形をギュッと抱きしめて布団に潜り込んだのだった――。



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