第一章 春の訪れと、桜の下の少女
春の風が、どこか懐かしい香りを運んできた。車の窓を少しだけ開けると、柔らかな空気が頬を撫でる。揺れる景色の中に、子供の頃に見た風景がふと重なった。
久しぶりに、田舎のじいちゃんの家へ向かっている。
車に揺られながら、僕はぼんやりと窓の外を眺めた。広がる田園風景、遠くに見える青い山々。都会の喧騒とは違う、静かで穏やかな空気が流れている。
十数年ぶり。
だけど、あの桜の木のことは今でもはっきりと覚えている。
じいちゃんの家の裏手にある、小さな丘。その頂に立っていた若い桜の木。
そして、その下にいた少女。
僕は幼いながらに、その子のことが特別な存在だと感じていた。
どこか不思議な雰囲気を纏った子だった。白く透き通るような肌、風に揺れる淡い桜色の髪。初めて会ったとき、年は僕より少し上くらいに見えたけれど、どこか現実離れした雰囲気を持っていた。
僕たちはすぐに仲良くなり、一緒に遊んだ。
虫を捕まえたり、小川で水切りをしたり、秘密基地を作ったり。子供らしい遊びをする中で、僕は彼女に強く惹かれていった。
今思えば、それが僕の初恋だったのかもしれない。
だが、別れはすぐに訪れた。
実家に帰る日の朝、彼女にしばらく会えないことを伝えると、寂しそうな顔をして「またね」と言った。
その声が、今も耳の奥に残っている。
車がゆっくりと減速し、じいちゃんの家が見えてきた。
僕はそっと、胸の奥に残るあの記憶を抱えながら、車を降りた。
そして、真っ先にあの丘へ向かった。
そこには、あの時よりもずっと大きくなった桜の木が立っていた。
その木の影から、変わらないけど少し大人びた笑顔が僕を迎えていた。
「待ってたよ」
桜の花びらが舞う中で、彼女はそう言った。
こうして、僕の初恋の続きが始まったのだった。
こういう雰囲気の読み物がすごい好き。
分かってくれる人いるかな。