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悲劇の王女が転生して人気小説家になったら~契約結婚した夫が私のファンでした~  作者: 奏白いずも


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29/30

29、公演当日になりました

大変お待たせして申し訳ございませんでした。

前回までのあらすじ→代表作『王女の婚姻』の舞台化が決定!契約結婚だった夫との仲も深まり、舞台当日を迎えたところ……

またお付き合いいただけましたら幸いです。


「エレイン・バークスが行方不明!?」


 公演当日。あと数時間もすれば舞台の幕が開く。

 しかし劇場に到着したセレナを、とんでもない知らせが襲った。

 当初セレナは客席から公演を見届ける予定だった。一緒に観劇予定のラシェルにはあらかじめ仕事があると説明しておいたので、席で合流することになっている。早めに到着したのは関係者に挨拶をするためだ。

 ところがセレナの顔を見た瞬間、泣きそうな顔をした劇団関係者に物凄い勢いで捕まり連行された。

 そして団長の口から聞かされたのが、主演女優失踪の知らせである。


「部屋にこの手紙が!」


 団長から震える手で差し出されたのは一枚の紙だ。彼の顔色は悪く、今にも倒れそうである。


『女優辞めます。捜さないでください』


 手紙にはそれだけが書かれていた。セレナには判別できないが、同僚たちによるとエレインの字で間違いないそうだ。


「なんでよりによって今日!? しかもこの瞬間!?」


 絶叫する団長の話では、このところエレインは将来に悩んでいたらしい。この先も女優を続けるべきか迷っていたと言うが、それにしても急である。


「エレインさん、どうして急に辞めるなんて……」


 本来、本番前の楽屋では開演までの時間を自由に過ごしているはずだった。ところが衣装担当がエレインを訪ねてみると部屋は無人だった。

 気まぐれなエレインのことだ。最初はどこかへ外出しているのかと思われたが、机の上には一枚の紙が残されていた。


「主演が消えた。もうこの劇団は終わりだ……」


「ええ、この劇場も終わりですね」


 嗚咽混じりに叫ぶ団長に、同席していた劇場支配人も遠くを眺め始めている。二人ともすでに諦めモードだ。当然支配人の顔色も青く、今にも倒れそうである。

 観客からの期待。劇団員からの期待。劇団の将来を左右するほど、この公演の注目度は高かった。それが公演当日になって主演女優の失踪ともなれば、明日の新聞には大きな事件として掲載されるだろう。


「待ってください。代役のミアさんは」


 セレナは取り乱す団長を落ち着かせ、公演できる可能性を探る。セレナも脚本から演技指導と、稽古を最初から見守ってきた一人だ。たとえ主役に不測の事態が訪れたとしても代役がいることを知っている。


「ミアなら緊張で倒れた」


「はい!?」


「今日の公演には劇場の未来がかかっていたからな……。王妃殿下を始め、ルクレーヌ中の人が楽しみにいている。重圧に耐えきれなかったらしくてな」


「そんな……」


 意図せず団長の声は大きくなり、傍で見守っていた団員たちに絶望的な空気が広がる。


「あたしたち公演できないの?」


 外にはすでに公演を楽しみにしている人たちが集まりだしている。新聞にも大きく取り上げられ、公演には王妃殿下も足を運ぶと話題となっていた。この状況で中止と伝えるのは相当勇気がいることだ。今後の活動にも支障が出るだろう。

 団長は耐え切れずに拳を叩きつける。


「くそっ! 舞台に立てる人間はいないのか!?」


 そんな人が都合良くいるわけがない。しかし団長の声を筆頭に、団員たちは何かに気が付いたようだ。


「台詞を覚えていて」


「演技ができて」


「エレインと背格好も似てる」


「舞台に立てそうな人!」


 全員の指と視線がセレナに集まり、名案だと目を輝かせていた。


「私!?」


 確かに脚本は書いたけれど、女優の経験なんてあるわけがない。

 しかし団長はこれしかないと思ったのか、猛烈にセレナを説得し始めた。


「どうかお願いします! 舞台に立てそうなのはもう貴女しか。今だから言いますが、私は稽古中から貴女に王女殿下の面影を感じていました!」


(それはまあ、一応本物なので……)


 冷静な部分でつっこみを入れていると、自分しかいないような気がしてくるから怖い。


(私はエレインじゃないし、有名な女優でもない。見に来てくれた人たちをがっかりさせるかもしれない。でも!)


 セレナは今日の公演を楽しみにしてくれている人の姿を思い出す。

 無口な夫は朝から饒舌だった。公演を知った日は早朝から部屋への襲撃。公演に誘われた日の事は今も鮮明に憶えている。

 変化に乏しく冷血と言われる表情を綻ばせ、期待を語るラシェルの姿が浮かんだ。彼はもう、劇場へ向かっているだろう。

 打ち合わせに向かった際、今日を心待ちにしていると言ってくれた前世の母。

 少しでも良い公演にしようと、今日まで努力を重ねてきた団員たち。彼らは最後まで真剣に脚本と向き合ってくれた。

 このまま何もせずに、誰もが悲しむ結末を選びたくはない。


(私はリタ・グレイシア。幸せな結末が大好きなのよ。なら、みんなが笑顔になれる結末のために動かないとね)


 正体を明かさないことを条件に、セレナは今日だけの代役を引き受ける。

 セレナが覚悟を決めると、絶望的だった周囲の空気が慌ただしく動き出した。


「急いで衣装の確認を!」


「お化粧も先生に合わせて変えないといけませんね」


「他の人たちにも伝えてきます!」


 これから慌ただしくなるだろうけれど、しばしの間取り残されたセレナとモニカは静かに顔を見合わせる。


「大変なことになったわね」


「その割にはセレナ様、落ち着いていらっしゃいませんか?」


「まあ、人前に立つのには慣れているからね」


 モニカの指摘に、セレナも自分が思うより口調が軽かったことに驚く。

 ぐるりと舞台を囲むように設置された客席。チケットは即日完売したのだから、多くの目がセレナを見つめることになる。なんの経験もなければセレナも重圧に押しつぶされていただろう。

 けれどここにいるのは元王女。妖精姫として多くの期待を背負い、理想の王女で在り続けた前世の記憶がある。そもそも今回は演じるのではなく、昔の自分に戻るだけだ。

 劇場に集まった人々の期待を壊さないためにも、今日まで頑張ってきた劇団員たちの苦労が報われるためにも頑張りたいと思う。

 ただし一つだけ、気がかりなことがある。


「モニカ、旦那様に伝言をお願い」


「かしこまりました」


 本当は一緒に観たかったけど、叶いそうにない。

 けれど代役を断り、ラシェルが今日に絶望するよりずっと良い。


(まさか、セレスティーナを演じる日が来るとはね)


 妖精姫として一夜限りの夢を届けるためにセレナは立ち上がる。

ありがとうございました!

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