表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悲劇の王女が転生して人気小説家になったら~契約結婚した夫が私のファンでした~  作者: 奏白いずも


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/28

2、前世と今生

 かつてルクレーヌ王国には、セレスティーナという名の王女がいた。

 白い肌に薄く色付いた唇。花の化身のような淡いピンクの髪に、眩い黄金を閉じ込めた瞳。可憐な容姿は微笑めば春が訪れると称えられ、その美しさは妖精姫と謳われるほど人々の心を魅了した。

 心の優しい王女は民を愛し、民からも愛される。妖精姫の名は他国にまで届き、王女の婚約者に名乗りを上げたのは海を越えた大国の王子だった。

 セレスティーナは十七の年に愛する婚約者元へ旅立つことが決まる。

 祝福された婚姻だった。婚約者を迎えに現れた王子が手を差し伸べると、二人は幸せそうに微笑み合う。その様子は絵画にも収められ、物語の主人公のように王女は幸せになると誰もが信じていた。 

 ところが船は酷い嵐に襲われ、王女が異国の地に降り立つことはない。妖精姫は嵐の海に消え、セレスティーナの名は悲劇の王女として人々の記憶に刻まれた。


 セレナ・レスタータが伯爵令嬢として生を受けたのは、そんな悲劇の王女がこの世を去った日のことだ。そのせいか王女の存在が過去として語られるようになっても、セレナの心には絶えずその名が刻まれている。

 セレスティーナの母である王妃ネヴィアもまた、彼女の存在を過去として扱うことができない一人だ。

 ネヴィアは娘を失った悲しみから笑顔を失くし、愛する妻のため国王は『王妃の心に寄り添い笑顔を取り戻すことができる者』を探し続けた。

 大人たちはあらゆる手段を講じたが、未だ笑顔を取り戻すことはできていない。そこで子供たちにも希望が託されるようになった。

 十五の誕生日を迎えたセレナはレスタータ伯爵家の娘として城に招待され、歌とピアノを披露することになっている。


(王女殿下も歌とピアノが得意だったから、みんな私に期待しているのよね)


 痛いほどの視線を浴びながらも、不思議と緊張することはなかった。

 まずは両陛下に挨拶をしてお祝いの言葉をいただく。そして予定通り演目を披露してお辞儀をする。何故か昔から人前に立つことには慣れていたので、落ち着いていられた。

 ところが二人の前に立った瞬間セレナの心は激しく揺さぶられた。


(え――?)


 十五年、セレナ・レスタータとして生きた日々の中に新たな景色が見える。

 ルクレーヌの王女として生まれたこと。

 家族に愛されて育ったこと。

 民を慈しみ、王女としての責務を果たそうとしたこと。

 そして――

 婚約者の暮らす地に向かう途中、船が嵐に襲われたこと。

 婚約者に裏切られた最期と、最悪な初恋の記憶が一瞬にしてよみがえる。


(私はセレスティーナ。この人たちは私の!)


 目の前にいるのはかつての両親。最期の瞬間に望んだことが、セレスティーナとしてではなかったけれど叶ったのだ。

 前世を思い出したセレナは溢れる思い出に涙を流す。


「どうした?」


 かつて父として愛情を注いでくれた人の声で我に返る。

 申し訳ありませんでしたと涙を拭い、改めて頭を下げた。本来光栄なはずの場で涙を流せば困惑して当然だ。

 どんな時でも完璧な振る舞いを。それは国の代表として当然の行いであると、生まれ変わっても身体に染みついている。

 けれど本当は、今すぐ叫んでしまいたい。


(お父様、お母様! セレスティーナはここにいます!)


 真実を伝えたのなら、母は笑顔を取り戻してくれるだろうか。セレナの心は揺れていた。

 前世を取り戻した混乱。二度と逢えないと思っていた人たちを前にした喜び。溢れる感情を落ち着かせようと、伏せた瞼の下で呼吸を整える。

 ところがセレナが頭を上げるよりも早く、その仕草を目にしたネヴィアが動揺して席を立つ。


「あなた……!」


 顔を上げるとネヴィアの戸惑った瞳と重なる。

 面影は変わらず、美貌は衰いを感じさせないが、十五年前と比べて随分と疲れて見えた。


「貴女、セレナ・レスタータだったわね。セレスティーナに会ったことは……いえ、何を言っているのかしら。あの子の姿と重なって見えるなんて」


 セレナが言葉を発する前にネヴィアは可能性を否定する。当たり前だ。生まれ変わりなんて簡単に信じてもらえるはずがない。

 母の瞳に映る今世の自分を意識すると、続けようとしていた衝動は簡単に途切れてしまった。


(顔も声も違う。本当に私がセレスティーナだと信じてもらえるの?)


 今生の母から譲り受けた容姿に不満はないけれど、かつて妖精姫と呼ばれた頃を思えば、随分と平凡な髪色だ。同じく母譲りの瞳からは、可憐とは形容しがたい活発さを感じる。


(ただ悪戯に悲しませるだけかもしれない)


 結局セレナは歌もピアノも披露せず、具合が悪いと伝えてその場から逃げるように帰宅した。幸い突然泣き出したおかげで不審がられることもなかった。


「私、どうすればよかった?」


 ベットに寝転ったところであとから押し寄せるのは後悔だ。

 名乗り出た方がよかったのか、黙っている方が正しかったのか。きっと答えは誰にもわからない。けれどこのままではいられないという気持ちが燻っている。


「私がお母様のためにできることはない?」


 前世も今世も関係なく、あの人を笑顔にしたいという気持ちは本物だ。セレナは自分にできることを必死に考えた。


「これまでにもお母様を笑わせようと集まった人はたくさんいたわ。きっと歌やピアノを披露した人も。でも誰もお母様の心に寄り添うことはできなかった。なら、娘だった私には何ができる?」


 悩んでいると、前世の家族を思い出してまた涙が溢れる。次があるのなら、泣いて上手く話せないかもしれない。


「あ! 言葉で伝えられないのなら手紙を書くのはどうかしら。私はあなたの娘ですって?」


 それで笑ってくれるのならいくらでも書くけれど、信じてもらえるだろうか。

 纏まらない思考で部屋を眺めていると、本に埋め尽くされた棚が目に入る。レスタータ家は印刷業の支援も行っており、セレナは子供の頃から本に囲まれて育った。


「セレスティーナだった頃も本が好きだったわね。お母様も」


 王女として自由の少ない身に、本はたくさんの夢を見せてくれた。母とは夜通し感想を語り合ったこともある。

 恥ずかしくて人には言えない趣味だったけれど、自分で物語を書いたこともあった。旅立つ前に全て処分したはずだが、今となっては惜しい事をしたとも思う。


「そうだ、物語!」


 夢見ていた幸せな結婚とは違ったけれど、セレスティーナの人生は幸せなものだった。

 悲劇と言われた王女も物語の中でなら幸せになれる。

 セレナは飛び起きて机に向かう。伝えたい想いを形にするため徹夜でペンを走らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ