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悲劇の王女が転生して人気小説家になったら~契約結婚した夫が私のファンでした~  作者: 奏白いずも


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19/28

19、ラシェルの嫉妬

ラシェル側の話です

 領地から訪ねて来た母イレーネは、屋敷に滞在してから毎日のように妻を連れまわしている。


 一日目。


「セレナ! 買い物に行くぞ。ついてこい」


「はい。イレーネ様!」


 セレナは元気な返事をして母と出かけていった。

 母が迷惑を掛けていなか不安になるが、帰ってきてからも楽しそうに談笑していたのがせめてもの救いだ。

 これで母も満足して領地に帰るだろう。そう思っていた自分の見通しが甘かったことを知る。


 二日目。


「乗馬に行くぞ!」


「はい。イレーネ様!」


 三日目。


「釣りに行くぞ!」


「はい。イレーネ様!」


 四日目。


「山に行くぞ!」


「はい。イレーネ様!」


 最初の頃はまだ良かった。しかし、日に日にラシェルは我慢ができなくなっていく。

 朝から夜まで母に独占され、セレナと会話をする暇がない。自分は一緒に出かけるまでに随分時間がかかってしまったというのに、手際良く誘う母が尚更羨ましく思える。

 そうした日々が数日続き、ラシェルの我慢は限界に達した。


(早くセレナに謝らなければ)


 母と遭遇してからずっと、セレナに謝りたかった。

 自分たちの結婚は契約の上に成り立っている。その項目の一つに、両親と暮らす必要はないと明言しておきながら、母は連日屋敷に泊まりセレナを連れ回している。契約違反を責められても仕方のないことだ。それなのに謝る機会すら与えてもらえない。

 セレナは嫌な顔をするどころか、献身的に母をもてなそうとしてくれている。母もセレナを気に入ったのか、名前で呼ぶことを許したほどだ。

 正直、セレナがここまで母に気に入られるとは思っていなかった。妻との関係が良好なのは喜ばしいことだが、言葉にできない苛立ちが募る。


(今日もセレナと話せなかった)


 最近読んだ本について語ろうとしても、彼女は母と買い物を楽しんでいる。女同士の買い物だと追い払われてしまったラシェルは家で帰りを待っていたのだが、帰ってからも何かと理由をつけて時間を奪われてしまった。

 結局その日は一人でリタ・グレイシアを読んだけれど、内容が頭に入ってこなかった。正確には内容は全て頭に入っているので、集中できなかったが正しいのかもしれないが。

 妻を取られて寂しいなんて、まるで子供のようだ。結婚してから何日も放っておきながら、たった数日離れただけで我慢が利かないとは情けない。


(謝るだけでは足りない。話し合いの場には、あの店のケーキを用意しよう)


 ケーキは全種類。紅茶も特別なものを選ぼう。

 そんなことを考えていると、廊下でセレナとすれ違うことができた。隣には母がいたけれど、もうなりふり構っていられない。

 これまでのセレナは家に居る時は飾り気の少ない服を選んでいたようだが、このところ毎日のように着飾っている。それがまた面白くないと、思わず呼び止めてしまった。


「セレナ!」


「旦那様、どうかしましたか?」


 衝動に身を任せるとはこのことだ。会いたいとは思っていたけれど、いきなり目の前に現れたので言葉がまとまらない。

 躊躇いを見せるとセレナは気を遣い、話しやすいように母を遠ざけてくれる。


「イレーネ様。焦げてはいけませんので、先に様子を見に行っていただけますか?」


「ああ、任された」


 機嫌が良いように見える母は大人しく立ち去ってくれる。久しぶりの、二人きりの時間だ。


「今日は何をしているんだ?」


「パンを焼いています。生地を寝かせている間はピアノを弾いていました」


「それは楽しそうだな」


 思ったことを口にすれば、責めるような口調になってしまった。おかげでセレナは目を丸くしている。

 セレナに非があるはずもなく、彼女に対して申し訳なく感じることが増えてしまった。ケーキも紅茶も用意できていないのでは謝ることしかできない。


「母がすまない。君を振り回して、疲れてはいないか? 最初に契約しておきながら、申し訳ないといくら謝っても足りないな。必ずこの罪は償おう。君のためなら力づくで母を領地に返すことも!」


 言い募ろうとすればセレナが笑顔で止めてくれる。その必要はないと手を握られ、強張っていた身体の力が抜けていくようだ。


「旦那様。私にとってイレーネ様は尊敬する人です。確かに契約とは違っているかもしれませんが、大好きな方とご一緒できて楽しいですよ。だから安心してください」


「それは……」


(俺といるよりもか?)


 情けないことを口走りそうになり、焦って手を振り払ってしまった。驚くセレナに怪我がなくてほっとする。


「すまない……」


 乱暴に手を振り払ってしまったこと。母のこと。そして、こうして気を遣わせてしまったことへの謝罪だった。

 セレナが嘘を吐いていないことはわかっている。余裕がないのはいつも自分ばかりだ。

 また言葉を探していると、セレナがゆっくりと語りかけてくれた。


「……こうしてお話しするのは久しぶりですね」


「そうだな。君と語りたいことが増えるばかりだ」


 セレナと過ごす時間が自分にとってどれほど大切だったのかを思い知らされる。


「実は私もです」


「え?」


「イレーネ様と色々なところに行きましたが、旦那様にも話したいと思うことがたくさんありました。それで、あの……もしかして何か悩み事がありますか?」


「俺に?」


「このところ思い詰めた表情が多い気がして、ずっと気になっていました。私でよければ相談にのりますよ」


「君……」


 すれ違ってばかりいると思っていたが、彼女の目に映れていた事を知り心が軽くなる。苛立っていた胸が満たされ、自然と笑顔が浮かんでいた。というより、頬が緩んでしかたがない。

 だが同時に、みっともなく叫びそうにもなる。想いの行き場がわからず、また物言わぬ本棚相手に語ってしまいそうだ。

 もはや自分の感情がよくわからない。悩んでいると言われればその通りだが、答えはもっと単純な気がした。


「悩みと言うより、子供じみた我儘だな。俺は寂しいのだろう」


「寂しい……」


 はっとするセレナに慌てて口を噤んだ。


「困らせて悪かった」


「いえ! 私、話してもらえて嬉しかったです。そうですよね。私、考えが足りませんでした。今夜、部屋で待っていてください!」


 いつまでもイレーネを待たせておけないと、セレナは足早に厨房へ向かってしまったが、今夜久しぶりに二人の時間が取れると思えば足取りは軽い。


(そうか、俺は母さんに嫉妬していたのか)


 余裕ができると狭くなっていた視界が開ける。自身の情けないと思っていた感情も、素直に受け入れることができた。

 ちなみに夕食の席で披露されたパンは少し焦げていた。セレナは申し訳なさそうな顔をしていたが、母は美味いだろと言って譲らない。実際、焦げていても美味しかったのは事実だが。


 そうして待ちに待った夜が訪れた。

 机にはセレナと語りたいリタの本に、モニカから教えられた彼女が好みそうな菓子を用意している。紅茶の淹れ方も教わっているので準備は万端だ。

 セレナを待つ時間は楽しくもあるがもどかしい。いつもなら何時間でも本に夢中になれるが、来客を待ち無駄に室内を歩き回っていたようだ。

 いつの間にか部屋を何周もしていると、待ちに待ったノックの音が聞こえる。

 そして……


「セレナから聴いたぞ。私と話しができず寂しい思いをしていたそうだな!」


 勢いよく扉を開けたのは母だった。


(違うっ!)


 予想外の来客にしばらく言葉が出なかった。

ちなみにパンがちょっと焦げていたのは、イレーネが二人の会話を見守ってから厨房に向かったからですね。

母はばっちり全部見てましたよ!

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