18、前世の伯母(現在は姑)と遭遇しました
「なぜ母さんがここにいる!?」
「『王女の婚姻』に登場するカフェを体験してみたくてな!」
その堂々たる返答に、さすが親子だなとセレナは思った。
同じリタファンとしてその気持ちはわかる。しかし王都を訪れるのなら一声かけてほしかったと、相反する思いの間でラシェルは項垂れる。
そうして二人で乗る予定だった馬車には急遽乗客が増えた。話を聞けば公爵邸に寄るつもりだったらしく、向かう先はみな同じことが判明したのである。
馬車ではセレナとラシェルが並んで座り、イレーネの不遜な態度から、まるで尋問を受けているような図になった。
「久しいな息子よ。それに息子の嫁」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。レスタータ家の娘、セレナと申します」
視線を向けられたセレナはようやく挨拶をすることが許された。そして懐かしさを感じる暇もなく誘われる。
「嫁は明日、時間はあるか? 私は領地での生活に退屈していてな。王都へは遊びに来たのだが」
「母さん! 彼女を巻き込むのは」
「巻き込むとは人聞きが悪い。私はただ嫁と親睦を深めようとしているだけだ」
ラシェルは横暴だと咎めてくれたが、セレナにとっては願ってもないことである。
(これは私、イレーネ様に試されているわね)
現国王の姉、前公爵夫人の肩書を持つイレーネは、名前を出すだけで相手を怯ませる。この誘いも表面上は友好的だが、態度はまるで挑発するようだ。強い口調は突き放すようにも感じる。
軽い挨拶だけで心が挫ける令嬢は多く、名前に怯えるようならそれまで。息子の嫁だとしても、無条件で好意的に接するつもりはないと言われているようだった。
「君は明日、俺と視察に向かう約束をしただろう。忘れたのか?」
もちろん視察の約束などしていない。ラシェルは気を遣って断りやすい理由を作ってくれた。
前世と同じ関係を築けるとは限らない。それでもセレナは引き下がりたくないと思ってしまう。
「旦那様。明日の視察は妻の同行が絶対ではないはずです。せっかく前公爵夫人が王都にいらっしゃるのですから、ぜひご一緒させていただきたいく思います」
「しかし、君が無理をする必要は」
「旦那様。私はお誘いいただけて嬉しいですよ」
「だが……」
ラシェルは最後まで抗議してくれたが、イレーネに引き下がるつもりはないようだ。
昔から破天荒な人ではあったが、最近は落ち着いたと思っていた。しかし実際はまだまだ落現役だと、ラシェルのため息は増えていく。その様子をイレーネは面白そうに眺めるばかりだ。
セレナは仲の良い親子の会話に口を挟むことなく見守りながら、客人のもてなしについて計画する。大好きだったイレーネには滞在中快適に過ごしてほしい。
家に帰るなりセレナは指示を飛ばす。当然イレーネが訪れるという想定はされていないので、食事から寝室まで全てにおいて準備が必要だ。
とはいえ焦りをお客様に悟らせてはならない。公爵家の使用人たちは優秀なので、セレナが口を挟まなくてと上手く立ち回るだろうけれど、姿が変わったとしてもイレーネをないがしろにしたくなかった。
そして指示に気をとられて肝心のイレーネを退屈させてもいけない。お客様を立派にもてなしてこその女主人だ。
「結婚してまだ日が浅いと記憶しているが、随分と手際がいいな」
イレーネの感心するような呟きに嬉しくなる。厳しいと評判ではあるが、認めた相手のことは素直に評価してくれる人だ。
「前公爵夫人にお褒めいただけて光栄です」
「セレナと言ったな。私のことは義母と呼ぶことを許そう」
ラシェルと似た口調で笑ってみせる。笑い方も彼に似ている気がした。
といってもイレーネは昔からこの口調と態度なので、ラシェルの方が影響を受けているのだろう。
「有り難いことですが、もしよろしければイレーネ様と呼ばせていただけませんか? 義母としてはもちろんですが、私にとっては尊敬する方なので」
嘘をついたつもりはないけれど、理由は他にもある。
(この人生、母が多くて混乱するものね)
前世の母に、今世の母。そして義理の母と、有り難いことに現在のセレナには頼れる母がたくさんいる。
「いいだろう。では明日、楽しみにしているぞ」
大きく笑ってイレーネは寝室に向かう。
明日は早くから活動することになりそうなので、しっかりとモニカに起こしてほしいと頼んでから眠りに就いた。




