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悲劇の王女が転生して人気小説家になったら~契約結婚した夫が私のファンでした~  作者: 奏白いずも


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16/28

16、聖地をめぐっていました

「セレナ?」


 傍で聞こえた声に顔を上げる。昔の事を考えていたせいで反応が遅れてしまった。

 目の前で視線を交わし、見つめられていたことを知る。呼び名が自分のものだったことは遅れて認識した。


(そうよね。私はもうセレスティーナじゃないんだから、いくら前世のことを気にしても……あれ?)


 ラシェルは今、何を言ったのか。


「旦那様。もしかして今、私の名前を呼びましたか?」


「妻の名を呼んではいけないのか?」


「い、いけなくないです!」


(しかも妻って言った!)


 事実ではあるが、改めて口にされることにはまだ慣れない。隣を歩くのは夫なのだと改めて思い知らされた。しかも向こうは平然と妻認識してくる。


「動揺してすみませんでした。初めて呼ばれた気がしたので」


 セレナ・レスタータと大げさに叫ばれたことはあるけれど。


「嫌だったか?」


「いいえ。認めてもらえたようで、嬉しかったですよ」


 様子を伺うように問いかけられたセレナは笑顔を向ける。初めて呼ばれた名前は傍にいることを許されたようで、想像していたより心地良い響だった。


(この間までは一緒に歩くこともなかったのに、大きな進展ね。お母様に話したら喜んでくれるかな)


「ではこれからはたくさん呼ぼう」


 気分を害していないことに安堵したラシェルもまた、セレナに笑顔を返す。不意打ちの至近距離で向けられた笑顔は、思わず遠慮するほど威力が強かった。


「い、いいですよ、普通で」


「遠慮するな。これまで妻を不安にさせていたのだ、今後は改めさせてくれ」


「私は不安なんて」


「認めて貰えたようで嬉しかったということは、そう思えていなかったのだろう。安心してくれ、俺はとっくに君を、セレナを妻として認めている」


「ありがとうございます……」


 言い合いはセレナに分が悪い。せっかく気を遣ってくれたのだから、ここは自分が折れるべきだろうとセレナは身を引くことにした。というよりも、口論を続けていられる場合ではなくなった。

 進行方向には行列を作るカフェが近付いてる。これまでの流れからラシェルの目的地を察したセレナは、重大な問題が迫っていることに気が付いた。


「あの、旦那様。まさかとは思いますが……」


「ふっ、気付いたようだな」


 ラシェルは機嫌が良さそうだが、セレナはびっしりと汗をかいていた。彼の機嫌が良くなる時、それはリタ・グレイシア絡みである事が多いと学んでいるので嫌な予感しかしない。


「『王女と婚姻』において、お忍びで街を訪れた王女が婚約者と過ごしたカフェ。ここはそのモデルとなった店だ!」


(丁寧な説明をありがとうございます!)


 付け加えるのなら小説に登場したテラス席は一日一組限定。それも恋人同士でなければ予約が取れないという条件付きだ。


「そ、そうなんですね。でも確か、人気すぎて予約は数ヶ月先まで埋まっていると聞いたような」


「君も詳しいな。さすがリタ・グレイシア、圧巻の人気だ」


「そうですよね。本当に残念で」


「だが安心してくれ。俺は予約を勝ち取っている」


「ひっ!」


 優しい微笑みに、セレナは心の中で悲鳴を上げる。さすが朝一で握手会に参加するファンは違う。嬉しい反面ものすごく複雑だ。何しろこの店にはリタとして打ち合わせに来ている。


(思いっきり関係者!)


 幸いなことに、店を前にして感極まるラシェルはこちらの動揺に気付いていない。逃げるなら今のうちだ。

 しかし心のこもった呟きが、逃亡のため足を引きかけたセレナの動きを止めさせる。


「行き先を伝えることができず、すまなかった。この日を楽しみにしていたが、凄まじい倍率でな。どこで誰が席を狙っているかわからないため、用心させてもらった」


「そ、そうだったんですね」


 苦労が滲み出ている。そしてどれほど楽しみにしていたのかが伝わってくる。この期待を裏切ることができるだろうか。


(に、逃げられない!)


 セレナが引きずられるように入店すると、女性の店員が出迎えてくれる。メイド服のような装いに白いエプロンという制服は見ているだけでも可愛いらしい。


「テラス席を予約したラシェル・ロットグレイだ」


「ご来店ありがとうございます。ロットグレイ様で」


 店員と目が合い、不自然に途切れた言葉。見開かれる瞳。運悪く接客を担当してくれたのはリタとして対面した責任者だった。


(しっ! しぃーー!!)


 セレナはラシェルの背後で必死に意思疎通を試みる。その必死さが伝わったのか、店員は初対面のように接してくれた。

 有難いけれど、席に通されるだけでどっと疲れた気がする。ついメニューを手にラシェルを睨みつけるのも仕方のないことだ。

 ちなみに店の階段を昇っている間は羨望の眼差しが凄かった。そのせいかラシェルが警戒を怠る事はなく、近寄りがたい空気を発し、目が合った女性客が怯えていた。


「旦那様って、まさかこのために結婚したわけじゃないですよね!?」


「俺をなんだと思っているんだ」


 席に付くなり問い詰めると、向かいのラシェルは呆れ顔である。


「とはいえセレナがいなければこの幸運は得られなかった。君のおかげで小説に登場した聖なる地を訪れることができた、感謝している」


 カフェはラシェルの中で聖なる地となっていた。


(聖地……)

 

 どうやら一日を使って『王女の婚姻』で舞台となった場所をめぐっていたようだ。公爵夫人としての役目ではなかったと知って肩の力が抜けてきた。無駄に気を張り続けてしまったと不満を口にしそうになるが、続く言葉が荒れた心を癒す。


「遠慮なく好きなものを頼んでくれ」


「ありがとうございます!」


 戸惑いは大きかったけれど、大好きな店のケーキを食べられると知って元気が出てきた。どうせ来てしまったのなら、満喫しなければ勿体ない。前世から、小説にも登場させるほどの好物だ。

 セレナは小説の中でセレスティーナが食べたとされる前世でもお気に入りのフルーツタルトを。ラシェルは相手役の王子が食べたとされるチョコレートケーキだ。

 本当は両方食べたかったけれど、食い意地が張っていると思われるので遠慮しておいた。

読んで下さいましてありがとうございます。

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続きも頑張りますね。ありがとうございます!

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