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悲劇の王女が転生して人気小説家になったら~契約結婚した夫が私のファンでした~  作者: 奏白いずも


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15/28

15、前世の影

 橋を過ぎてからは動揺でゆっくり景色を楽しむどころではなかったが、目的の船着き場に到着すると名残惜しさを感じる。つまり王女としてではなく、セレナとしての船旅は楽しかったということだ。

 名残惜しさを感じていると、先に降りたラシェルが手を差し伸べてくれた。


「ありがとうございます」


 その手を取ろうとした瞬間、風に煽られ足場が揺れる。それはセレナに嵐の海を思い出させた。


「ひっ……!」


 恐怖に支配され、小さな悲鳴を上げる。

 生まれ変わっても鮮明に憶えている。前世で最期に見た暗闇が景色を覆う。

 ここは嵐の海ではないのに、すっかり身体が勝手に動かなくなってしまった。


「どうした!?」


 ラシェルは身を乗り出し、蹲るセレナを心配する。

 けれどセレナは動けない。彼は何も変わっていないのに、急にすべてが怖ろしく思えた。


(もし、また手を振り払われたら……)


 目を閉じると嫌な考えばかりが浮かぶ。激高する婚約者の顔を思い出し、不安で呼吸が乱れていく。


(早く大丈夫だと伝えないと)


 それなのに焦るほど身動きが取れなくなっていく。指先が冷え、立ち上がる気力を奪われる。


「失礼する」


 ラシェルの声に反応するよりも先に体が浮き上がる。頭上に影が落ち、驚いているうちに抱き上げられていた。


「少し休もう」


 何も知らないラシェルは怯えを見せた場所から遠ざけるように、ベンチへと座らせてくれた。

 楽しんでいたところに水を差して申し訳なく思う。それなのに彼は咎めることなく身を案じてくれる。きっと顔色の悪さを執事から報告されているせいで過剰になっているのだ。


「すみません。ご心配をおかけしました」


「いや……。船は苦手だったか?」


 苦手なことがあるとしたらそれは前世で幕引きのせいだ。心配をかけているのだから、できる限り正直に答えたい。


「苦手ではないと思っていました。ただ、昔酷い嵐に遭ったことがあるんです。そのことを思い出して、少し怖かったみたいです」


「そうだったのか。事情も知らずに悪いことをしたな」


「それは違います!」


 ラシェルの手を取り、勢いに任せ身を乗り出す。

 彼が知るはずもないけれど、叶うことのなかった夢が実現して嬉しかった。寡黙なラシェルの楽しそうな姿を見ることができて良かったと思っている。

 決して彼を悲しませる原因にはなりたくない。


「私、楽しかったです。ずっと乗ってみたいと思っていました」


「君も?」


「はい。きっと楽しいだろうと想像していました」


 正確には想像しながら書きました、だけれど。現実は物語よりもずっとドキドキさせられた。主にラシェルの行動のせいで。


「旦那様、これから大切な用事があるんですよね? 早く行きましょう」


「だが、身体は良いのか?」


「じっとしているより、旦那様と一緒の方が楽しさで忘れられそうです」


 前世に怯えるより今を生きたい。それにラシェルと一緒なら楽しいということがわかった。幸せな時間を影が差したままで終わらせたくはない。


 ゴンドラから降りた先にあるのは商業地区の賑わいだ。のんびりと船旅を満喫した後は王都を観光できるようなルートになっている。

 活気のある王都の市場に差し掛かかれば、賑が暗い前世を忘れさせてくれる。

 大通りは露天と人で溢れ、あちこちから元気の良い呼び込みが聞こえた。これも『王女の婚姻』に登場する場面の一つだ。

 目的地までの道を知るのはラシェルだけ。自分よりも背の高いラシェルとは歩幅が違うだろうに、彼がセレナを置いていくことはない。それどころか逸れないよう気を配ってくれている。


(これって……)


 また一つ夢が叶ったことを嬉しく思う。

 セレスティーナであった頃は、誰もが望むお姫様であろうとした。けれどそれは少しだけ窮屈なこともあり、本当はもっと自由に駆け回りたかった。こうして人目を気にせず自由に外を歩ける日を夢見ていたのだ。

 それなのに前世の記憶を取り戻してからは小説を書くことばかりに夢中になっていた。そうすることでこの人生に意味を見つけ、悲しい最期を忘れようと必死になっていたのかもしれない。


(せっかっく生まれ変わったのなら、もっと外に出て新しい人生を楽しめばよかったのよね)


 かつての人生も終わり以外は幸せだったけれど、この人生も気に入っている。仕事に熱中しすぎて当たり前を楽しむことを忘れていたので、思い出させてくれたラシェルには感謝した。


「セレスティーナ様はこの市で花を贈られ、果実を食べていたな」


「甘酸っぱいと喜んでいましたね。花は」


 セレナが視線を向けると、白い花が目に入る。さすが小説の舞台となった市場では、大々的にその花を売り出しているようだ。

 当然ラシェルは正解の花を買い当てた。もしかしてと思っていると、やはりそれをセレナの髪に挿してくれる。


「似合っている」


 小説と同じ台詞だ。


「ありがとうございます。でも、私はセレスティーナ様ではありませんよ」


(現在はもう、ね)


 落ち着いて答えたつもりだが、少しの寂しさが滲んでいるようにも思う。  

 そんな躊躇いを振り払うようにラシェルが言葉をくれた。


「君に似合っていると言ったんだ」


 言い直され、戸惑いながらもう一度感謝を伝えた。


(旦那様が冷血公爵と呼ばれていて良かったのかも。少し微笑むだけでこの威力、彼を取り合って令嬢たちの戦いが起こっていたかもしれないわ。少し近付き難いくらいで助かる命があったわね)


 そうでなければ何人もの女性が虜にされていただろう。妻としてこの場にいたのも自分ではなかったかもしれない。


(それはちょっと、ちょっとだけ寂しいような)


 ラシェルが選んでくれたからこそ、忘れていた憧れを思い出すことができた。この瞬間、二人で歩く時間を誰かに譲るのは嫌だと思う。なんだか自分が欲張りになったようだ。


「それにしても、随分と警備が厳重ですね」


 小さな独占欲から目を逸らそうと、セレナは疑問を口にする。新刊が発売された日にも街には向かったが、書店をとりまく警備以外にも騎士たちが活動しているようだった。

 少し街を歩くだけでも見回りの騎士と頻繁にすれ違う。そのうちの何人かはしっかりとラシェルの姿に気付いて敬礼するので彼にも関係があるのだろう。

 また現れた騎士の姿を目で追うと、ラシェルは声を潜めて教えてくれた。


「近頃宝石の盗難が多く、警備を増やしている」


「宝石の?」


「特にルクレーヌの宝とされるピンクダイヤの被害が多い」


 その言葉で思い出すのは十八年前の苦い記憶。セレスティーナの婚約者もルクレーヌから宝石を盗もうとしていた。前世の記憶が、落ち着きを取り戻した心を再び乱す。

 暗い船内、足元に散らばる破片。前世で目にした光景が目の前にちらつく。無惨に転がる宝石は涙のようだった。


「十八年前にも似た事件があったと聞く。同一犯の可能性も考え、国を挙げての捜査を行っているところだ」


 ピンクダイヤの盗難となれば、考えることはみな同じらしく、やはり十八年前の事件が話にのぼる。

 真相を知らない人たちにとっては未解決の大事件。不安は消えず、当時の悔しさも残っているのだろう。

 その関係で仕事が増え、遅くなることが多かったと呟くラシェルのためにも力になりたい。


「旦那様。私にできることは少ないかもしれませんが、もし協力できることがあれば言ってくださいね。早く犯人が捕まることを私も願っています」


「感謝する。だが、不安にさせて済まない。必ず捕らえて罪を償わせよう」


 可憐なピンクダイヤは希少価値が高く、国内外を問わず高値で取リ引きされている。ルクレーヌの人々が苦労して得た宝が不当に奪われていい訳がない。

 十八年前の犯人を捕らえることは叶わないけれど、今度はきちんと罪を償ってもらわなければ。

 不安を募らせるセレナに、ラシェルは全力を尽くすと約束してくれた。

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