第137話 公爵とタチアナ
公爵と辺境伯の話し合いは、物別れに終わったようです。
その結果、どちらの陣営も考える事がある様で。
公爵たちが帰った後の執務室には、公爵と話し合いをしたメンバーが残っている。
そこで辺境伯と副騎士団長との話し合いが始まる様だ。
「ワグスナー様、よろしいのですか」
そう辺境伯に声を掛けているのは、副騎士団長のデズモントだ。
「じゃあ、お前はあの騎士達に勝てるのか?」と、辺境伯は忌々しそうに告げる。
「そ。それは」
「しかも、奴は王国軍にもパイプがある。
いや。我が領軍の中にも騎士団長の様に奴の信者がいると言う話まであるだろう」
「申し訳ありません」と、デズモントは自分が悪い訳でもないのに謝っている。
「あの、バカ息子が。問題が起きない様に、昇華の宝玉まで用意させたのに」
「まあ、それ以前にあの娘が負けていたと言うのが予想外ではあったのですが」
「死んだお前の部下が止めるべきだったのに、卑怯にも着替え中のカーレルを取り押さえたのだろう」
「申し訳ありません」
「あいつらが死んで、大損害だと言うのに、公爵の配下が使えないとなると、もう思い通りにダンジョンにも行けぬのではないのか」
「その辺は徴用した冒険者達で何とかなるでしょうが、失った昇華の宝玉により強化したスキルの方は取り返しがつきません」
「ああ。契約作成スキルに8個、闇魔法に1個と弱体化魔法に5個だったか。
大損だ」
「はい。数十年単位の損失です。
ですが、我らも強くなったので、数年で取り戻せるとは思いますが」
「それだけ、隣国に攻め入り戦果を挙げる為の開戦が、遅れると言う事だ。
戦果さえ挙げれば、公爵も黙らせられると言うのに。
かわりの人材は居らんのか」
「良さそうな人材は見つけたのですが、別系統の力でしたし、今回のごたごたの間に逃げ出したようで」
「流出する人材を止めるなと言う王命まで取ってくるとはな」
「現実的には、逃げ出せる者は多くないと思いますが」
「逃げ出せるのは、金のあるモノ、力のあるモノになるだろう。
それらが、逃げ出さない様な政策にする必要も出て来る」
「税を下げる必要も出て来るのですか」
「ああ。そこまで計算して、仕掛けてきたのだ。
まさか、本当に儂を失脚させようとしている訳では無いと思うが」
「頭を下げてこい、でしょうか」
「多分な。あのバカ息子め」
「御子息を切られるおつもりはないのですね」
「あれを見捨てるのなら、こちらで処分しないと、何を話されるか分からんだろう」
「そう言えば、王国に収める税を自分の懐に入れていましたから、それをワグスナー様の責任追及に使われる可能性もありましたか」
「ああ。大した金額では無かったが、それでも俺を失脚させたい連中には、大きな攻撃材料を与える事になるからな。
こちらで死罪にしても良いが、それは最後の手段だ」
「はい」
「それで、あの余計な事をした馬鹿者の治療はせんのか」
「そうですね。あの鑑定にも昇華の宝玉を5個使っていますから、死なれるわけにもいかなので」
「もっと、真面な人材を確保しろ」
「はい」と言う副団長は苦々しい顔をしていた。
公爵たちは、配下の騎士爵の大き目の屋敷に帰って来た。
その応接室で、公爵は辺境伯との会見に同行していた8名と、この地を監視していた騎士爵の者と少し話をするようだ。
「カーレルの娘のタチアナ嬢は、やはり奴らに捕まっている訳では無さそうだったな」
そう公爵が周りの騎士や斥候職に就いていそうな人に確認する。
「はい。演技の可能性もありましたが、おそらく違うかと」と、同行した騎士の1人が返答する。
すると「辺境伯の息子の部屋で、拷問されているのではと、一瞬ヒヤッとしたがな」と、少し嫌そうな顔をして顔をフードで隠してる従者に聞くと。
「申し訳ありません。不用意な発言でした」と、王国の密偵長と紹介された人が謝っている。
「いや。直ぐにおぬしとガラルの様子から違うと言うのは、分かったからな。
ガラルの探索でも、タチアナは見つからなかったのだな」
公爵がそう聞くと「はい。探索スキルは地下の探索が苦手と言うのはありますが、基本的には空間で繋がっていますから、それを使い念入りに調べましたから」と王国の密偵長と同じくフードで顔を隠していた男が答える。
この者が公爵配下の密偵部隊の1人であるガラルなのだろう。
「そうか。ならば、道場の者たちが言う様に、タチアナ嬢は彼女を負かしたと言う冒険者の元に行ったと考えるべきなのか。
しかし、儂より冒険者を選ぶとはな」
「わが身に置き換えて考えると、あの者も公爵が可能ならば辺境伯と仲良くしたいと言うのは知っていますから。
なので、公爵様に敵討ちを止められるか、敵討ちをすると公爵様にご迷惑が掛かると遠慮したのではないかと」
そう騎士の1人が、考えながら発言する。
「そうか。それはそうだな。
それで、彼女は何処へ行ったと思う?」
「辺境伯領は出るでしょう。
その為にも、この辺境伯領から外に出る人の流れを阻害しない様に、王命までいただいたのですから」
「ああ。その後は」
「父親の事を大変慕っていたようですから『おそらく強くなり敵討ちを考えている」と道場の者たちは言っていました」と、この地にとどまっていた騎士爵の者が。
「3日を過ぎたとしてもか」
「世界の理では3日しか殺人者の称号は付きませんが、人の怒りや恨みは3日で消える事は無いでしょうから」
「そうだな。で、タチアナ嬢達は王国を出ると思うか?」
公爵は、この地に長く赴任したのでタチアナの事も良く知る騎士爵の者に聞く。
「辺境伯の魔の手から確実に逃れる為に、その可能性も高いかと」
「我が領から他国へ行く者のチェックをしておきたいが、それだと国外へ行く妨害になるかもしれないか」
「その様になる可能性があるかと」
「カーレルとあの剣舞を踊れるタチアナ嬢が認めた冒険者か。
この目で見たかったが、いずれチャンスはあるか」
「はい。かたき討ちに戻ってくるのならば。
そのタチアナ嬢を守る為にも、それまでに辺境伯を没落させるだけの証拠を手に入れるべきかと」
部下の進言を聞きながら、窓の外を見る公爵。
その表情は、タチアナの将来を危ぶむようにも、辺境伯を憐れんでいる様にも見えた。
公爵は、タチアナの為に色々と心を砕いてくれたようです。




