第110話 二人の喧嘩
命に係わる命令すらきかなくてはならない3級奴隷のチェーリアが、食事の時に反抗的な態度をとってきます。
主人公は、それが子供が親にするような愛情確認だと思い、特に叱りもしませんでした。
チェーリアが愛情確認をしてきた食事を終えて、俺も風呂に入り居間に戻る。
すると二人とも、何か微妙な雰囲気で居間にいる。
ああ。ベッドで寝なさいって指示しないと駄目なんだったかな。
「二人とも、部屋にベッドが人数分以上ある時は、遠慮せずベッドで寝ればいいから。
2人であっちのベッドルームを使いな。
それと、チェーリアの着替えとかトイレとかお願いね。ラシェル」
「はい。旦那様」
「じゃあ、俺は寝るから」
そう言って部屋に入り、明日の予定を考える事にしたんだけど、どうすべきなのかな。
とりあえず、この都市から出よう。
それは決まっている。
二人に、何処かいい場所無いか聞こうかと思ったんだけど、別の国から連れて来られてずっと奴隷だったんだから知らないよな。
う~ん。
王都方面は行きたくないな。
まだ、俺の力では力を隠し続ける事が出来ない気がするから。
となると辺境伯の領地から出て、この国のそれりに発展した田舎でまた鍛えるか。
それとも国を出るか。
それだけでも全然方向性が違う事になるんだけど。
もし国を出るなら、どちらの方面が良いかだけど。
東は魔族領と接していて、それとの戦いに駆り出されるかも。
北は、魔物の領域の山脈だから国外に行く事は出来ない。
南は、停戦中だけどこの国と火種のある国か。
多分、簡単には行けないだろう。
ラシェルとチェーリアの母国の様だから、行っていい国なのかどうかというのもあるか。
そうなると、無難なのは西か。
でも、西も二つの人族の国が争っているんだったな。
う~ん。この領から出る事を優先するか。
そう思い至った時に、もう一つの寝室の雰囲気が険悪になっている事を感知した。
……。
結構やばそうな声が聞こえて来るんだけど。
二人の寝室の前まで行くと、言い争う声がハッキリと聞こえる。
「なんで、分からないの。こんな当たり前の事」
「しらないよ。そんな事」
「貴方は、自分が不幸になって満足かもしれないけど、周りを……、私を巻き込まないで」
「あんな男に媚を売ったって、どうしようもないだろ」
「貴方は、お嬢さんだったから、全然わかってない。
今。私達が奴隷としてどれだけ幸運なのか。
でも、貴方のその態度の所為で、あの人の態度だって変わるかもしれないのよ」
「あんな、小心者、どうとでもなるだろ」
「貴方は3級奴隷。
死ねと言われれば死ななきゃならないのよ。
主人の怒りを買って『ゴブリンの群れに突っ込んでいて、ゴブリンの慰み者になりその子供を産み続けろ』って命令されれば、そうしなきゃならないのよ」
「そ。そんな事」と言っているチェーリアの声は少し震えているか。
流石に、それを少し想像したのだろう。
「あるの。主人に反抗的だった女性の奴隷が、そうやって死んだの。
いいえ。死んだかどうかも分からないわ。
未だにゴブリンに犯されて、子供を産んでいるかもね」
そうラシェルは必死に訴えている感じかな。
だけど「ラシェルは、2級奴隷だから関係ないだろ」と、チェーリアはまだ反抗している。
「関係あるの。死ぬような命令以外は従わないと駄目なんだよ。
手足を切られたゴブリンとしてゴブリンを生む事を強制される人だっているのよ。
ただ、面白そうだって。
目が反抗的だったって。
そんな死んだほうがましって事だってあるの」
そう告げているラシェルの声は震えている。
そんな事を見たことが有るのだとしたら、奴隷になった時の絶望感は……。
「し、知らなよ。そんなの」
「どうして、わかろうとしないの。
私達は、とんでもない幸運を引き当てたの。
なのに、どうしてそれを無茶苦茶にしようとするの」
「こんなの、幸運でも何でもない」
「馬鹿」
その後は、殴ったり、引っかいたり、うめき声が聞こえたり。
これは駄目だ。
ドアを叩き、部屋に入る。
チェーリアに馬乗りになったラシェル。
殴り合ったのか、顔に痣もあるし、引っかき傷も。
ふう。
困ったもんだ。
その俺の表情を見たのだろう。
ラシェルがベッドから飛び降り、直立不動になり「申し訳ありません」と頭を大きく下げて謝ってくる。
そのラシェルに「うん。その傷、俺がやったと宿の人に思われるよ」
そう俺が困りながら言うと、その意味が分かったラシェルが、もう一度「申し訳ありません」と謝ってくる。
その傷を確かめながら「まあ、明日の朝食前にエリクサーで治すか。今晩直さないのは罰だよ」と、ちゃんと罰を与えると伝える。
すると「はい」と、少しホッとした感じで返事をしてくる。
他の奴隷の主人だと、もっと酷い罰とか与えられるのかもしれない。
そう思いつつシェルのホホにキスをして、「ごめんね。ラシェル。俺が、チェーリアに自由にさせ過ぎたんだよね」と、俺なりの誠意を伝えると「そ、そんな事ありません」と言ってくれるが、ここは優しく、悪く言えば懐柔策で行こう。
そう考え「俺の寝ていた方のベッドで休みなさい。俺は居間のソファーで寝るから」と言うと「そ、それは私が」と、必死な感じで言って来る。
だけど「命令だよ。ステータスが違うからね。キッチリ休んでおかないと、長距離移動に支障が出るからね」と、ちゃんと理由を伝えると「はい」と返事をしてくれた。
なので「チェーリアも大丈夫? トイレとかも」と、今度はチェーリアの方を気遣いながら言うと、「トイレは、さっき連れて行ってもらったから」との事だから、大丈夫なのかな。
見た感じ、チェーリアも冷静になっている様だしと思いつつ「そう。その後に喧嘩になったのか。もう、しょうがないな」と言って、そっぽを向いているチェーリアのホホにも噛みつかれない様に注意しながらキスをすると文句を言ってきた。
「や。優しくしないでよ」
「こんなのは、優しいとは認めないよ。俺は」
「な。なんで」
「俺が本当に優しいのなら、チェーリアもラシェルも、奴隷から解放している」
そう俺の認識を伝えても「そんな人はいない」とチェーリアは俺の意見を認めたくない様だ。
だけど「そんな事はない。話に聞いた、チェーリアの御両親ならそうするだろう。少なくともチェーリアには」と、否定し辛い事実を伝える。
すると「それは、そうだけど」と、やはり否定しない。
彼女の中でご両親の存在は大きいのだろう。
それを利用した事に多少の罪悪感を持ちながら「俺がやっているのは優しいとは違う。二人が、俺に都合のいい存在になってもらう為の行動でしかない」と、正直にぶっちゃけると返事が出来ない様だ。
「まあ、好きにすればいいよ。
奴隷の身分である以上、選べる選択肢は少ないだろうけど、それでも自分で選んだのなら自分の責任だからね。
俺は、そこまで譲るつもりはないから」
そうハッキリ告げると、悔しそうに・悲しそうに黙り込むチェーリア。
そのチューリアを寝室に残し、俺とラシェルは居間に移動し、ラシェルをもう一つの寝室のベッドで寝なさいと指示して、俺は居間のソファーで寝る事にした。
主人公と二人との関係は、どうなっていくのでしょう。




