マルクス・レーニン主義
敗戦後の混乱が続く昭和20年代前半は、共産党の最盛期で、大学教授等知識人の共産党入党が相次いだ。驕る平家の全盛期の如く、左翼にあらざれば、知識人に有らずの風潮で、大学キャンパスはマルクス主義信仰者揺はんの地となった。かかる時代を背景に、小泉信三は「共産党批判の常識」により、マルクス経済学の理論的批判を大衆向けに著述した。マルクスの「資本論」を読もうと言う気は更々無いが、共産党やマルクス・レーニン主義に関する学術的な知識位は身に付けておきたいと思った大学生が、文庫化された「共産党批判の常識」を繰り返し読んだと言う。
1917年11月のロシア革命は、イラジミール・レーニン率いるボルシェヴィッチによる革命で、暴力による革命、徹底した中央集権(独裁)が特色であり、この体質は、ソビエト連邦共産党に引き継がれた。マルクス・レーニン主義は、マルクス主義とは全くの別物であり、ソビエト連邦共産党の恣意的な思想の様に思われるが、我が国の進歩的知識人や左翼学生が何故マルクス・レーニン主義に共鳴していくのか、道上には理解し難い、あるいは理解するだけの知識が無かった。
確かにその様な一面はある。そもそも自衛隊と言う言葉自体が政治用語である上に、今日の政治はこの問題を軽く扱っているきらいがある。こうした事を曖昧にしておく事は、必ずや何らかの反動がやって来る。内戦ありきで仮定して行くと自分達は軍隊の本質ー軍隊は何の為に存在するのか?何から何を守るのか、と言う事をもっと真剣に考えるべきである。
軍隊の運用を誤ると、国民や他国に対する暴力装置に成ってしまう事は、戦前の我が国が経験した通りである。憲法で軍隊の位置付けを明確にして、軍隊・軍人に名誉を与えて、純粋に命をかけて、国家国民に奉仕させる様にする必要もある。防衛大学校学生の本音としては、政府も、現実も、国民もこうした事を真面目に議論して貰いたいであろうし、政争の具として欲しくはないだろう。




