短艇王への道
結婚は双方の合意の元に成り立つものであり、防衛大学校学生や幹部自衛官であってもその例外では無い。規定で結婚が禁止されている訳では無いものの、自分が士官候補生だからと言う理由で任官するまでは、結婚を待つ人間もいる。勿論、これは個人の理由であり、教官が口を挟む様な問題ではない。
女性自衛官ともなれば、出産を控えており人生の一大事である。自分で納得出来る答えを出すべきであり、それが任務に影響の無い様に最大限の配慮が行われるべきものである。
海倉にはその様な気配は無かった。と言うよりも今は異性にうつつを抜かしているような場合ではなく、防衛大学校学生として1日を過ごすだけで、精一杯でとてもその様な余裕は無かった。
船首に砕くる青き波、雲わき上がる海底に、鉄腕鍛うる若人の高き理想を誰が知る、遠く高樓かえりみて、共に奏でん櫂の歌。(造船歌二番)
造船歌は、短艇訓練の様子を歌っている。1年生は海上基礎訓練としてカッターの漕ぎ方を覚え、2年生になると、大隊対抗の競技会に臨む。中隊でクルーを編成し、予選を勝ち抜いたクルーが、学生隊ナンバーワンを目指して、最終決戦に挑む。カッター競技会は馬堀海岸沖で行われる。防衛大学校では、陸海空の要員に関係無く、全員がカッターを漕ぐ。錬成訓練は、春休みの直後から始まり、腹筋運動、連日のとうそう訓練、週末もカッターを漕いでからの外出、と言うカッター漬けの苛烈な日々が、4月下旬まで続く。海倉は、このカッターと言う乗り物がどうしても、好きになれなかった。
嗚呼、自分は何の為に、誰の為に、カッターを漕いでいるのか?大隊の勝利の為か?自分の名誉の為か?考えれば考える程分からなくなる。自分の為だとしても、こんなに体を傷付ける必要があるのか?夜はうつ伏せで寝ている。風呂も疲れて一週間以上入っていない。




