海倉涼の防衛大学校生活の始まり
だからこそ、毎年一定数の人間を次なるステップ(幹部候補生学校)へと送り出す事が出来るのである。天野の周りでは彼氏彼女を持つ人間もいたが、天野はそれをしなかった。
自衛官として一人前になるまでは、自分には過ぎたるものであると自覚していたからである。勿論、考え方はそれぞれだから、それらを強制すべきものではない。それでも、丸刈りで勉強と部活動にいそしむ学生であると言う事実はまだ、自分が一人前ではない事を知る為には、充分であろう。
仮にも学生の分際で好いた、惚れたと言う事にうつつを抜かす事は、自分の中では許せなかった。そう言った認識が天野にはあった。学費から学生手当てに至るまで、全てを国民の税金で賄われていると言う事実を認識していれば、そう言う心の境地に至るのも、無理は無い事であろう。
天野星也の青春はまだ、終わってはいないものの、彼が最上級生になる頃には、すっかり士官候補生らしい顔つきになっていた事は確かである。目付きも立派なものになっていた。
海上要員となり、機械工学を専攻する事になった海倉涼も、天野星也の同期である。海上要員と言えば、ポンドであろう。海上訓練場とも言われるこの場所で、多くの時間を過ごす事になる。
海倉は、天野の様に決してやりたい事があって防衛大学校に進学した口ではなかったのである。海上要員を志願したのだって、正式に海上自衛官になった暁には、給料が一番稼げると聞いたからである。そもそも、入校時訓練の時から、海倉は嫌な予感がしていた。
入校時訓練とは、基本教練と武器訓練が主体で、個人の動作(徒手、執銃時)から部隊行動の基礎までを段階的に訓練する。要するに、入校時訓練とは、新兵教育であり、高校生を防衛大学校学生に脱皮させる為の訓練で、儀式の様なものである。最終的には銃を掲げてパレード出来るレベルになる。
学生に貸与される訓練資料「新入隊及必携」(陸上幕僚監部監修)には、自衛官に必要な基礎的事項が収録されている。