特外とサイレント・プレッシャー
袖の桜章がいつの間にか二本線になっていた。小原台での日々は少しずつではあるが、天野を着実に幹部自衛官たる人間に育てようとしていたし、実際に成長していた。
2年生以上は月に1度外泊(特外と言う。)が認められる。上級生は特外の土曜日午後になると、一斉に外出して実家などに泊まる。また、1泊の小旅行に出かける学生もいる。特外日は居残りの1年生にとっても月に1度の楽しみの日である。学生舎に残留する上級生が週番学生の4年生だけが、わずかに残るだけでまさに、一夜限りの天国である。
この日は必ず大小の珍事が発生する。悪戯で靴紐を男結びしてみたり、悪質なものは靴に水が入れられたりもする。確実に防衛大学校学生(残留生)の仕業であろう。
それはさておき、航空要員を目指す人間の全員が、パイロットを志望している訳ではない。中には、パイロットや航空部隊を統括する航空自衛隊のトップである航空総隊司令を目指す人間もいるし、救難ヘリ部隊を目指している者もいる。防衛大学校の航空要員には、航空自衛隊の幹部に成る為に必要なありとあらゆる教育が施される。
航空工学を中心に、高度な教育が成される。米国空軍をモデルにして作られた航空自衛隊にとって、教科書であり、手本でもあるのが、米国空軍であり、必要なノウハウは、そこから取り入れている。
航空要員になると、必ず受けなければならない検査がある。それが航空適性検査であり、これにて適性がある事を証明しなければパイロットには成れない。受からない場合は航空自衛隊のパイロット職以外の職域に移らねばならず、航空適性検査はかなり厳しめな基準となっている。
防衛大学校には、学生舎の掃除の役割を比喩した言葉がある。
「1年生は雑巾を持って床に這いつくばり、2年生はホウキで床をはき、3年生はハタキを持ち、4年生は廊下で新聞を眺めながら煙草をくゆらす。」
この言葉からも分かるように、3年生はサイレント・プレッシャーの役割を果たしている。サイレント・プレッシャーとは、4年生の目が届かない所に気を配り、4年生を補佐する立場にある。この様に学年毎に役割が異なっているのも、防衛大学校学生の特徴である。