ちょっと大人の不夜城
野営は翌日の21日まで、道上達は戦闘服の襟に付けていた幹部候補生徴章と一等陸曹の階級章はそのままにして、訓練を続行した。教官達の学生に対する呼びかけは、この日以降、○○候補生から、○○三尉へと変わった。任官と言っても、単なる事務手続きで、軍人の名誉も誇りも関係無いと言う事である。道上は思う。俺達は疑似軍隊の疑似軍人なのだと。防衛大学校卒業の正規将校であると内心で力んでも、国家は、道上達を特別職国家公務員最下級幹部の一階級としか見てくれない。
上っ面の名誉やきらびやかな装飾はいらない。だが、国家国民はお前達を誇りに思い、国家国民の為に不惜身命の働きを期待しているのだと、具体的に示して貰いたいものだ。三尉に昇進すると私服外出も可能になり、給料も上がる。少しだけ一人前と感じる事は確かである。帽章の旭日・鳩のデザインと形が幹部仕様の大型となり、階級章も制服の肩に付ける。
須走には、映画館もパチンコも、風俗も、飲み屋もほとんど無い。週末ともなれば、富士学校に入校の学生や駐屯地の隊員等の多くが、外出者となり、夜遅くまで賑わう。本通りも裏通りも人が溢れ、不夜城と言った趣がある。富士山麓の大きな街は御殿場であるが、須走から御殿場までの交通手段は一時間に1、2本の路線バスしかなく、ちょっと飲みに行くには不便で、須走に飲み屋が集中したのは自然の流れである。
BOCの教育は正に実務教育で、実物の戦車を使用し、実弾で射撃し、戦闘訓練を行う。使用するのは90式戦車が主体であるが、現在は10式戦車に切り替わる時期でもあり、少しではあるが10式戦車も配備されている。陸上自衛隊草創期の機甲科上級幹部の中には、恵庭派と今津派と言う二つの思想の流れがあったという。恵庭派と言うのは、フォートノックス(米国陸軍機甲学校)に留学した幹部が中心となって、言わば米国陸軍式の訓練や戦車運用の考え方を積極的に取り入れたグループの事である。