希望の職種
機甲科6、軍艦や戦闘機と同様に、指揮官が陣頭に立って指揮する典型的な戦闘職種であり、道上の性格には合っているかもしれない。ただし、機甲科は、陸上自衛隊においては少数派で、定員枠が少ないと言う切実な問題がある。各人の希望と、定員枠は必ずしも一致しない場合が多く、井浦区隊長にとってナヤマシイ日々が続く。
「道上候補生、君の性格は野戦特科(野砲)にぴったりだ。野戦特科でどうだ?」
「区隊長、お言葉ながら自分は、後方から大砲を放つ野戦特科には向いていません。指揮官陣頭の機甲科が一番合っていると思います。」
「砲兵は戦場の女王と言われているぞ?火力戦闘は現代戦闘の華である。野戦特科しかないだろう?」
「区隊長、自分は、機甲科が駄目と言う事であれば、自衛隊を辞める位の気持ちでいます。是非機甲科でお願いします。」
道上は、区隊長を脅かしてでも、一念を押し通すつもりで、井浦区隊長の誘いには乗らない。とは言え、最終的な人事の決定には従わざるを得ない。最悪の場合を想定して、歩兵(普通科)を希望すると伝えて、保険はかけているが。
9月25日夜、遂に職種と任地が発表された。一般幹部候補生課程の候補生は、全員銃剣道場に集められ、第一候補生隊長森田二佐から、一人ずつ、職種と任地が発表された。厚い黒運が空を覆い、スコールの様な激しい雨が銃剣道場の屋根を打っている。雷鳴が天地を震わせ、稲光が森田二佐の顔を白く浮かび上がらせる。
候補生隊長の声は、ともすれば周囲の轟音に吸収される。職種と任地発表の夜、天は候補生達を嘲笑うか、はたまた候補生達の前途を暗示するか、混迷の時代の旅立ちに相応しい大自然のたくまざる演出であった。
「道上候補生。」
「はい。」
「機甲科、第201戦車大隊、富士。」
職種は希望通りの機甲科。配属先は防衛省長官直轄部隊の第2教導旅団の第201戦車大隊。駐屯地は富士。こうして道上鉄也の自衛官としての進むべき道が定まった。




