最後の行進
卒業生の中には、留年や落第と言う痛切かつ深刻な体験をしている人間もいるが、それが青春の暴走によるものであると、彼等はそれを反省し、次なるステージへと巣だって行く。槙智雄初代防衛大学校長は、卒業後に辞める所謂任官辞退者に対して"不倶戴天"と言う激しい表現で、その道義的責任感の少なさを論難している。一方では、高卒後に日本の防衛問題についての深い理解もなく防衛大学校に入ってきた者の9割近くが、立派な自衛官になっていると言う事実をもっと理解してもらいたい、との思いも抱いていた。
卒業生の離脱は任官拒否としてマスコミに痛烈に糾弾されると共に、防衛大学校設立以来の大きな問題でもあった。従来卒業生の1割が任官辞退者になっており、時代による上下はあるものの、卒業生が全員自衛官に任官したと言う年はない。卒業式の前夜は、どの生徒も私物品の整理に忙しい。過ぎ去った小原台での4年間の歳月をめくるめく思いで回顧しながら、思い思いの時を過ごす。
卒業式の当日は、東京湾は荒れ模様で白い兎が跳び跳ね、風が冷たく、空は今にも泣き出しそうである。学生舎前のユーカリの鞘が騒がしいもので、舎前の芝生は芽を吹き始めたが、先輩方の残した八重桜の蕾はまだ固い。道上は、卒業証書受領後濃紺の制服から、紺灰色の陸上自衛隊98式冬服に着替えた。上衣の襟には一等陸曹の階級章と金色の幹部候補生徴章がついている。
まもなく、太平洋の潮気をたっぷり含んだ春の嵐が小原台を駆け抜け、そしてまた新入生が入学して、また新しい物語が紡がれる。人は去り、また人は入って来る…。突然軽快なマーチの演奏が始まった。自衛隊の別れは粋である。万感の想いを込めて、挙手の敬礼を交わし、未練をスパッと絶ち切って、次なる目標へと真っ直ぐに向かって行く。道上達第58期生達は、在校生が整列して見送る前を、長い列を作って、小原台での最後の行進に移った。




