橙色の部屋
982が次に入った場所は橙色の廊下でした。
さっきと同じように蝶は一番手前の部屋の扉の前で待っていました。
982は蝶とともに部屋の中へ入っていきました。
黄色の部屋と同じように、額縁と文章の書かれた張り紙がありました。
額縁の中には丸の中に、半円が二つと、半球が一つある絵が描かれていました。
982は張り紙に近づいて、文章を読みました。
「ようこそ!ここは橙色の部屋!
ここでは、3つの部屋で音を
鳴らしてもらうよ。
きれいな音色を聞かせてね!」
982は音を鳴らすということはわかりましたが、“きれいな”音色がどのようなものかはわかりません。
なぜなら、ずっと人形を作るだけの仕事をしてきたからです。
きれいな音と呼ばれるものは一度も聞いたことがありませんでした。
さっきまであった嬉しさがなくなった982は、すこし不安に思いました。
“不安”?不安とは何だろう、また、すぐに982はそのことを忘れ、書かれていた通りに音を鳴らすためほかの部屋へ向かいました。
蝶は黄色の部屋と同じように、ついてきてはくれませんでした。
一番近い部屋に入ると、そこには机の上に小さな箱が置いてありました。
982は箱で何をするんだろうと思い、近づきます。
すると、箱から声が聞こえてきました。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「来てくれてありがとう。だけど、今のままじゃきれいな音は鳴らせないんだ。」
「どうして鳴らせないの?」
「それは音を鳴らすためのねじがないからさ。」
「それさえあれば、音を鳴らせるの?」
「そうだよ。だからねじを持ってきてほしいんだ。」
「わかった。待っててね。」
982はねじを探しに部屋の外へ出ました。
残りの扉は二つあります。
きっとそのどちらかにねじがあるのでしょう。
982は左側にある扉に入りました。
その扉の中には、太鼓が一つ置いてありました。
太鼓に982は近づきます。
「こんにちは!」
「こんにちは。」
「音を鳴らしに来たんでしょう?だったら僕をたたいてごらん!」
「たたくと音が鳴るの?」
「そうだよ、丸の真ん中のところをたたいてね!」
促されるままに、982は太鼓をたたきます。
タントン
「そうそう、その調子で何度もたたいてごらん!」
もう一度、今度は何度も982は太鼓をたたきます。
タントン、タントン、タントントン
「そうそう、その調子!」
タントン、タンタン、タントントン
「ありがとう!いい音色を出してくれて。」
「これでよかったの?」
「もちろん。お礼にこれをあげる。」
太鼓の言葉の後に、空から白色の棒状のものが降ってきました。
「これはねじなの?」
「ううん。これはねじじゃないよ。これは鍵盤っていうんだ。次の部屋の子に渡してあげてほしいんだ。きっとなくして困ってるから。」
「わかった。それじゃあ行ってくるね。」
「うん。じゃあね!」
982は部屋を出て、まだ入っていない残りの部屋へ入りました。
すると、その部屋からは音が聞こえてきました。
もうすでに音が鳴っていることに982は驚きます。
“驚く”?驚くとは何だろう、まあいいや、音のもとに行こう、と驚いたことを流して部屋の中を進んでいくと、そこには大きなピアノがありました。
そのピアノに鍵盤の前にある椅子には、一人の人形が座って演奏をしていました。
982はその人形に話しかけます。
「こんにちは。」
人形は演奏をやめ、982の方に振り返りました。
「やあ、こんにちは。君も弾いてみるかい?」
「ううん。私はこれを持ってきたの。次の部屋の子に渡してって言われたから。」
「おお!それはいつの間にかなくなっていた鍵盤の一つじゃないか!982が見つけてくれたのかい?」
「そうだよ、246、これをはめて、弾いてみてもいい?」
「もちろんさ!」
246は椅子の上から降り、982に座るよう促しました。
982は椅子に座り、ぽっかりと開いていた部分に白い鍵盤をはめ込みました。
そして、982は試しに一つ鍵盤を押してみます。
ポーン
さっきの太鼓とは違う、きれいな音色です。
982は太鼓の時と同じように、何度かほかの鍵盤も押してみました。
ポロロン、ポロン、ポーン
「どうだい、きれいな音色だろう。私はこれが気に入って、ここにきてからずっと弾いているんだ。君も一緒に弾いていようよ!」
「ううん。わたしはいいや、ねじを持っていくっていう約束をしてるから。」
「ねじ?それはこれのことかい?」
246は近くに置いていた、246のランタンのそばからねじを持って982に見せました。
「うん、たぶんそれのことだと思う。」
「じゃあ、これを君にあげよう。」
「どうして?」
「私はここでこれをずっと弾いていたいからね、これは必要ないんだ。だからあげるよ。」
「そっか、じゃあ、ありがとう。」
982は246からねじを受け取り、その部屋から出ました。
部屋の扉が閉まるまで、ピアノのきれいな音色が響いていました。
982は木箱があった部屋へ戻ります。
部屋の真ん中にある木箱に近づいて、ねじを差し出しました。
「ねじを持ってきたよ。はい、どうぞ。」
「ありがとう。じゃあ、横に空いている穴にはめてくれるかい?」
982は言われたとおり、横に空いている穴にねじをはめました。
「じゃあ、そのねじを持って、回してくれるかい?」
「回せばいいの?」
「そう、右回りにね。」
982はねじを回します。
ねじから手を離した途端、木箱の上が開き、きれいな音が流れ始めました。
チャチャ、チャラ、チャチャチャーン、チャチャ、チャチャ、チャチャチャーン
それは、きらきら星という曲でした。
982はその曲名を知りませんが、今まで聞いた中で一番好きな音色だと思います。
演奏がやむと、982は思わず拍手をしていました。
「拍手をどうもありがとう。」
「こちらこそ、きれいな音を聞かせてくれてありがとう。私、その音大好きだわ。」
「そうかい?これは、きらきら星という曲なんだ。」
「きらきら星、素敵な名前ね。」
「そうだろう。」
「それじゃあ、私はもう行くね。」
「もう行ってしまうのかい?まだ聞いて言ってもいいんだよ?」
「ううん。あの子を待たせてるから、私は行かないと。」
「そうか、それなら仕方ない。じゃあね。」
「じゃあね。」
982は蝶のもとへ行かないといけないと思い、最初の部屋に戻ります。
部屋の中には、蝶は最初の位置から変わらず止まったままでした。
982は張り紙の文字が変わっていることに気づきます。
「どうでしたか?
いろんな音が聞けて
“楽しかった”でしょう?
その気持ちをどうか忘れないで!」
982はその文字を見て、太鼓をたたいた時、ピアノを弾いたとき、オルゴールを聞いた時の気持ちは“楽しい”という気持ちだったのかと知りました。
文章を読み終わると、目の前に橙色の炎が現れ、ランタンに吸い込まれていきました。
すると、ランタンの炎の色が橙色に変化しました。
それを見た後、フンフンと先ほどのきらきら星を鼻歌で歌っていると、蝶が近づいてきて、音に合わせるように上下に飛びました。
そして、また蝶は部屋の外へ飛んでいきました。
982は鼻歌を歌いながら、蝶を追いかけ、一番奥にある新しい扉を開いて次の部屋へ入っていったのでした。