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悪役令嬢にスパイは向いてない  作者: 日下部聖
34/46

悪役令嬢が××××××××× 5

 ――楽団の中に数名、余興担当の中に数名。パートナーとして寄り添う学生の中に扮した二人組がちょくちょく。


 わたしは培った広い視野で、サルーン内の護衛メンバーの顔を素早く確認していく。零課の情報通りの面々だ。近衛らしい人がいないのは、まだ登場していないハインツ殿下の傍に控えているからだろう。

 わたしはフゥ、と肺に溜まった息を吐き出し、念の為にとドレスの下に仕込んだ暗器の位置を手で軽く確認する。ナイフ、拘束用のピアノ線、小型の銃、閃光弾。どれも、使う機会がないことを願おう。

「行こう、ユリア」

「ええ、お兄様」

 兄に手を引かれ、いざ貴族の子息たちがひしめくサルーンへ。

 すると、途端にこちらに気がついた学生たちや来賓たちが、ざわめき出す。ユリア様にマティアス様よ、ヴェッケンシュタインのご兄妹か、でもユリア様は何故マティアス様にエスコートされているのかしら、ユリア嬢は確かハインツ殿下とご婚約されていたはずでは、何故おふたりでご登場なされないの、殿下はどちらにおられるんだろう――。

 いやでも聞こえてくるヒソヒソ声の、その内容は、全て予想していた通りのもの。だからこそ嫌になる。

 しかしまあ、彼らの戸惑いも当然だろうとも思う。何故なら、本来わたしをエスコートするのは、婚約者であるハインツ殿下であるべきなのだから。ましてや誰もわたしがハインツ殿下に『振られた』とは知らないため、周囲の反応としては戸惑うのがごく自然な反応だろう。

「大丈夫か、ユリア」

「なんの問題もございませんわ」

 一応気遣うようにして兄がこちらを窺ってくれるが、わたしは淡々と返す。幸いわたしはエスコートしてくれる兄がいたので、ダメージは最小限だ。

 問題は――。

「そういえば、ホルンベルガー家のご息女もお一人でいらっしゃったような気がするが」

「ああ、一年生の……。確か婚約者はティガー侯爵家のレオナルド様でしたわね。いかがなさったのかしら?」

「噂では、ハインツ殿下もレオナルド様も、今年の総代の女生徒に熱を上げておられるとか……確か名前はシャルロット・マグダリアだったかな」

「なんと、男爵令嬢じゃないか。下級貴族の娘に、殿下に次期騎士団長と二人揃って秋波を送っていると? 嘆かわしいことだ」

「噂では生徒会顧問の教師も彼女に秋波を送っているとか……」

 この声が、きっと今一人でいるであろうハンナにも届いているということ。

 憐れむような声はきっと彼女にとって屈辱だろう。ただでさえ、彼女は心からレオナルドを愛していたのだから、尚更のはずだ。

 グッと唇を噛むと、そこで「生徒会長」と兄を呼ぶ声がした。クルトの声だ。

「ああ、クルト。いい夜だね」

「はい、会長。衣装も良くお似合いです」

「ごきげんよう、クルト様」

「ユリア嬢、……大変お綺麗です。素晴らしいドレスですね」

 微笑んでこちらに顔を向けたクルトが、一瞬言葉を詰まらせた。

 よもや馬子にも衣装だな、とでも言いかけたのだろうか。失礼なやつである。

「すみません、兄妹水入らずを邪魔してしまったでしょうか」

「いや、構わない。ちょうど雑音が鬱陶しかったところでね。お前に話しかけられてよかったよ」

 笑顔の兄の『雑音』発言を受け、周囲の空気がほんの僅かに冷える。わたしはうわァ、と思ったが、クルトはぴたりと噂を止めた周りなど全く気にしていませんといった顔で、「恐縮です」と言った。

 ……しかし、やっぱり兄は腹黒眼鏡属性だったんだな。毒舌がさらりと出てくるあたり、間違いないだろう。リタの前ではあんなに優しいのに。二面性もキャラ付けか?

「レオナルドはどこに? 彼はどうやら一人でここに来ているようだが」

「ええ、あそこで……。デニス先生と話しています」

「全く、楽しそうなことだ。殿下も先生に懐いていたようだが、二人とも婚約者も放置して何がしたいのか……」

 低い声で吐き捨てる兄は本当に呆れているのか、冷ややかな目でレオナルドを見た。

 兄が他所に視線をやっているうちに、クルトが唇だけを動かし、「そろそろ時間だ」と言う。わたしは頷き、殿下が登場することとなっているサルーンの入口に視線を投げた。

 刹那、ピリ、と僅かに空気が張り詰めたのは、きっとわたしの気のせいではないだろう。

 この空間内で息を潜めている護衛のメンバーたちが、彼がここに近づいてきているのを察して気を張っているのだ。

 そして。


「……来たか」


 兄が呟き、目を細める。

 瞬間。一斉に、貴族たちが入口の方向を見た。楽団が奏でる曲がより華やかなものとなり、ところどころで黄色い声が上がる。

 きらめく銀繻子の髪と、蒼穹を閉じ込めた碧眼。

 白い衣装を纏った第一王子ハインツ殿下が、そこにいた。

「……えっ?」

 しかし、黄色い声が戸惑いのざわめきに変わるのに時間はそうかからなかった。

 ……当然だ、婚約者であるユリア・ヴェッケンシュタインがここにいるのに、第一王子は女性を連れていたのだから。

 未婚の貴族にとって、創立記念パーティーに連れてくるパートナーがどういう意味を持つのかなど、今更説明するまでもない。ハインツ殿下と連れられた女性が一歩一歩進む度、初めは小さかったざわめきが、わたしが兄にエスコートされて現れた時とは比べ物にならないほどのどよめきに変わっていく。

(シャルロット……)

 そしてハインツ殿下のパートナーは、やはり彼女――ヒロインたる、シャルロット・マグダリアだった。ミルクティーブラウンの髪を美しく結い、薄い桃色のドレスを纏ったシャルロットは、まるで一輪の可憐な花だ。

 眩いばかりの美青年と天使とみまごう美少女が並ぶその姿はさながら聖画のようで、気を緩めたら見惚れてしまいそうなほどに現実離れした美しさだ。

 ただ、ハインツ殿下の隣に並び立つ、シャルロットの表情は読めない。彼女は一体何を考えて、この場に立っているのだろう。

「あれはマグダリア嬢か?」

「どうして殿下は……」

「一体どうなってる?」

「そういえば、ユリア公女はマティアス公子にエスコートを……」



「――静まれ」


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