座学の時間2
「えーっと、確か、魔獣との戦闘時に気を付けるべきことだったな」
全員が私の方を向いていることを確認しながら私は少し前まで話していたことの確認を取りつつ本題に入るために少し考えてから話し始める。
「そうだな......よし。理解を深めてもらうために一旦別の話をしよう。
魔獣へ攻撃を仕掛ける前にやるべきことがあるが、それは何だと思う、ヴァネッサ?」
「うぇぇ? えっとぉ......」
私がヴァネッサに顔を向けながら尋ねると、彼女は一瞬驚きつつ自信なさげな様子で、そして、視線を巡らして周囲を見渡し、エミリーとイザベラを何度も一瞥しながら私に確認を取るように答えていく。
「魔獣のぉ、保有魔力量のぉ、把握ぅ、っすよね?」
「そうだな。合っているぞ」
大事なことはきちんと理解をし、覚え、戦場で適切な行動をとることなので、別にこの場で間違ったことを言ったとしても今後しっかり学べば何も問題ないのだが、と思いながら私がヴァネッサの回答に1つ頷いて反応を示すと、彼女は表情を明るくさせた。
そこで、私はヴァネッサにさらに質問をする。
「では、どのように判断する?」
「それは簡単っすね。色で分かるっす。
一番魔力が少ないやつは全身青色で中くらいのやつが緑色、一番多いやつが赤色っす。全部一度くらいは殺したことあるんで覚えてるっすよ。赤いのが結構面倒だったっすね」
自信がついてきたのか、ヴァネッサは少し得意げになって簡潔に答えていき、戦った当時の感想も大雑把に答えていった。
魔力量による魔獣の区別は大雑把に分ければヴァネッサの言う通りなのだが、それぞれの中間のような色をした存在が確認されている。まあ、法則性は全く同じなので特に気にする必要はない。
ちなみに、第13小隊が哨戒任務を行うようになってから今までに赤魔獣と何度か会敵したことはある。初めて戦った時は、その、内容を話すのが大変だが、一言で表すなら、ヒヤヒヤしっぱなしだった。
「正解だよ。ヴァネッサには少し簡単すぎたみたいだね」
「これくらいできて当たり前っすからね。
もっと褒めるといいっすよ」
まあそれは置いておいて、実戦で学ぶヴァネッサなのでこの辺りは大丈夫だろう、と思っていた私は、若干調子に乗り始めてエミリーとイザベラに座った状態で胸を張ったまま上半身を左右にユラユラ揺らすという謎の動きをしているヴァネッサに内心呆れつつ今回の話で要となる質問をする。
「それでは、魔獣の魔力量を把握する意味は分かるか?」
「え゛っ......わ、分からないっす」
「イ、イザベラも分からないよ」
ヴァネッサは体の重心が右側に片寄ったまま固まりながら変な声を上げ、ゆっくり顔を私の方へ向けてから答えた。
この時、私は偶然ヴァネッサの後ろにいる微妙な顔をしていたイザベラと目が合ったのだが、イザベラは自分が当てられると思ったのか、両手を前に出して左右に振り、ずいぶんと慌てた様子で分からないと即答した。
まあ、イザベラにはまだ話していない内容だから、彼女が分からないのは仕方のないことではある。エミリーは分かっているのか、特に表情に変化は無いようだ。
それと、笑ってはいけないことは分かっているのだが、どうしてヴァネッサとイザベラは、不意打ちで笑わせに来るのだろうか、本人たちは無自覚なのだろうが、こればかりは色々と大変だ、と私が周囲に気づかれぬよう体を少しだけ振るわせて笑い声が出ないように平静を装って我慢していたのだが、ふと、左右に座るメリーナとサラーを見ると、彼女達も笑うのを耐えるべく手で少しだけ顔を覆い、体がわずかに震えていた。
このまま彼女達を見ていたら耐えきれなくなると判断した私は、なぜか平然と、というより慈しむようにイザベラを見ているエミリーを見ることでなんとか笑うことを耐え、若干声を震わせつつ話の続きをする。
「そ、そうか......
で、では、魔獣の倒し方には魔石を破壊したり首と胴を切断したりする方法以外に、戦闘不能にしてから魔石を取り外すという方法があるというのは知っているな?」
「え? あー、いつもたいちょーやふくたいちょーがやってる面倒な方法っすね」
「ヴァネッサ、あなたね......」
ヴァネッサの言葉を聞いた私は呆れてしまい、おかげで一瞬で冷静になり、同じく冷静になったであろう隣のメリーナと同じように右手を額に付けて顔を左右に振ったりため息を吐いたりし、サラーとエミリーとイザベラは何とも言えない顔をヴァネッサに向けていた。
ヴァネッサよ、先ほど面倒と言った、私やメリーナがやってきた方法は軍で最も一般的な魔獣の討伐方法なのだが......それに、そんなことを魔撃を多用している他の小隊の誰かに聞かれてみろ。絶対に殴られてしまうぞ。本当に気を付けたほうが良い。
だがまあ、ヴァネッサなら全部避けるだろうな。しかし、それはそれで魔石に弾丸であり、そもそもで発言しなければいいだけのことではある。
今のところ、ヴァネッサは私達以外の人間に自ら話しかけたり普通に話しかけられたりしないので問題は起きていないが、いずれ、人付き合いについて色々と話しておいた方が良さそうだな、と私はお節介だと感じつつ彼女の将来を心配しながら、逸れかけている本題に話を進めようとする。
「ま、まあその話はあとにしよう。
脚を吹き飛ばされたり胴体に傷をつけられた魔獣はどうなる?」
「自身の魔力で自己再生するっす。それくらい知ってるっすよ。
でも、頭を飛ばされたやつは再生ができずにそのまま死ぬからあんまし意味ない気がするっすよ?」
ヴァネッサは実際に私やメリーナの戦闘を見ているので知識として知っていたが、あまり深く考えたことが無いのか、それに何の意味が、といった顔をして私に尋ねてきた。
実戦で覚える弊害か、実戦で行うこと以外の事柄に関してとことん無関心なのは非常に不味いな、と私がヴァネッサの将来について本気で考え始めていると、分からないと言って以降ずっと考え込んでいたイザベラが突然、顔を上げ、左手の手の平に右手の握りこぶしをポンと当てながら大きな声を上げる。
「あっ! もしかして、魔獣の魔力量を把握することで、無駄なく戦闘不能にすることができるってこと?」
「流石だ。イザベラ、その通りだよ」
もう少し話をしたほうが良いかと思っていたのだが、きちんと理解したうえで当てたわけだからイザベラは凄いな、と私が内心でイザベラの成長を喜んでいると、正解したのが嬉しかったのか彼女は少し顔を赤くし、右手で自身の後頭部辺りを撫でながらニッコリと笑う。
「えへへ」
「はぇー。よく分かったっすね」
「イーザ......流石......」
ヴァネッサはそんなイザベラを見ながら感心した声を上げ、エミリーは嬉しそうにニコリと微笑んだ。
魔獣は保有する魔力量によって外殻の硬さや機動性などの能力が大きく変わる。
青魔獣の外殻は小刀一振りで切断することができるが、赤魔獣では身体強化を使っても一振りで切断することができない。他にも、青魔獣の斬撃は軍服で防げるが、赤魔獣だと防ぎきれないことがあることや魔石の破壊時の爆発の威力も違うことなどがある。
さらに言えば、魔力量が多ければ多いほど、回復量も多くなるため、赤魔獣との戦闘時間は青魔獣と比べて長くなる。
これらから、赤魔獣はかなり厄介な存在なのだが、それなりに良い部分がある。
それは、魔石や外殻などの素材は青魔獣と比べて質が良いことである。
軍の中では常識であるが、軍服や車両などの軍事に関わるもののほとんどが赤魔獣の素材をもとに造られている。そして、度重なる魔獣の襲撃によって損耗が激しい現在では常に不足状態であるため、軍や政府は赤魔獣の素材を欲している。
一応、補足をしておくと、緑魔獣や青魔獣の素材は国民の生活を支える魔術具の原材料になるので赤魔獣以外でも金にはなる。赤魔獣ほどではないが。
ちなみに、魔石の硬さは魔力量関係なく、拳銃の弾1発で破壊されてしまうほどの脆さである。
なぜ、そんなに脆いのか現在でも全く解明はされていないそうだ。
ただ分かることは、魔石を壊してしまえば疑似的な自爆攻撃になりかねないので、適当に銃を撃ったり迂闊に顔を狙ったりすることは避けたほうが良いということだ。もしかしたら、魔石が脆い理由としてそれがあるのかもしれない、という意見があったりする。
そういった魔獣に関する情報からヴァネッサに必要なものだけを大雑把にまとめたものを私が話す。
「魔獣の魔力量を把握し、無駄なく倒すことで弾薬や小刀の余計な損耗を防ぎ、物資の節約と継戦能力を維持することができるんだ。特に、私達に支給されている弾は他小隊と比べて少ないからね」
「ははぁー。そんな理由があったんすか。知らなかったっす」
「まあ、ヴァネッサは基本、頭と胴の接続部分を一刀で倒しているからな。
......たまに、暴走して大型拳銃で全弾撃ち込むことがあるけれど」
かつては各小隊に支給される武器や弾薬などの物資の数は隊員の数によって変わっていたのだが、最近では魔獣の討伐数が加味されるようになった。
要するに、魔獣を満足に倒せない奴らに銃や弾をやるなんてもったいない、だったら、多く倒している自分達に寄こすべきである、ということだ。
それゆえ、今回の作戦における期間は約1月と見積もっているにもかかわらず私達の銃器や小刀は私とメリーナ、サラー、ヴァネッサの計4人分しか支給されておらず、予備を含めて1人2挺ずつの計8挺ずつしかなく、弾薬は約2週間分しか支給されていない。
まったくもってふざけてい、ああいや、一応、弾薬に関して救済処置のようなものがある。それは弾拾いである。
空薬莢や弾を拾えば、その分支給される弾薬が少し増える仕組みなので外へ出る任務では必ず拾うようにしているが、最近は魔撃の影響で再利用できないほど潰れ、交換ができない薬莢や弾が多く、さらに、金属量の減少から、弾薬との交換比率が厳しくなってきているので私達が自由に使える弾数は昔と比べてかなり少なくなっている。一応、哨戒任務前から弾拾いをやっていたのだが、ほとんどがヴァネッサの特殊な弾に使っており、貯蓄はもうない。
そんな小隊の事情を知らないヴァネッサが呑気に言い放つ。
「一撃で殺した方が普通にチマチマ戦うより損耗が少ないし、素材も傷つかなくて良いっすよ」
ヴァネッサが言っていることは間違ってはいない。
魔獣は魔石の魔力により傷ついた体を回復するのだが、回復すればするほど魔石や外殻などの質が下がると言われている。理由は私には難しすぎて理解できなかったが。
質を落とさないためには、回復する隙を与えずに魔獣を倒すことが一番なのだが、現実はそうもいかない。
赤魔獣は大型拳銃を数発撃ってようやく体の一部を破壊できるほどの硬さなので、外殻より硬くない関節や接続部分を狙うか、ある程度傷をつけてから小刀で切断するしかない。前者はサラー並みの腕前が必要であり、戦闘中常に狙い続けるのはかなり精神がすり減り、現実的ではないので私達は後者の方法で今まで戦ってきた。
ちなみに、魔撃を使うとどの銃でも1発で赤魔獣の体の一部を破壊することができるので、わざわざ的の小さい関節を撃つ必要が無い。魔撃が多用されるわけである。
ヴァネッサの発言に色々と事情を知るメリーナがため息代わりに小言のように説明をクドクドと話し始める。
「ですが、普通は一撃で首を落とそうにも、それを狙うまでに時間が掛かるものですわ。確かに、あなたは会敵即殺で魔獣を一瞬で倒してきましたが、魔撃でも使わなければ普通はできないのでしてよ? それと、たとえあなたでも、短時間で倒せるのはせいぜいが1体ですわ。
魔獣が常に隙だらけとは限りませんし、複数体と会敵したとき、1体目を倒し、2体目以降の魔獣を倒す間に残った魔獣からの攻撃がいくつも飛んできますわよ」
実際、ヴァネッサは攻め込んできた魔獣相手に会敵直後の隙をついて速攻で首を斬り落とすことができる。だが、それは、相手が青や緑だった場合であり、赤には傷を与える程度でしかできない。
それでも、ヴァネッサは相手が赤でも立ち止まらず、むしろ、勢いづけて攻撃を仕掛ける。さらに、攻撃後の反撃をかすることもなく避けることができる。
であるから、ヴァネッサは当然のように反論しようとする。
「そんなもん、避ければ――」
「ヴァネッサ、避けた先に防衛対象や味方がいた場合はどうするんだ?」
「え? ああ......えーっと......」
ヴァネッサの反論内容を予想していた私は、最後まで聞かずにすぐに尋ね返した。
すると、ヴァネッサは右手人差し指をこめかみに当てて目を瞑り、少し考える素振りをしてウーンと唸り声を上げた。
これまでヴァネッサは魔力の量なぞ関係なく手当たり次第に出会った魔獣に単身で戦闘を仕掛け、単身のままであったり、メリーナやサラーの援護を受けたりして無傷で討伐してきた。その間に私は魔獣から繰り出されてきた攻撃の中から、味方や支援車両に当たるものをその都度大盾で防いできた。
味方への誤射は一度も無く、避けた先に味方がいたことに関して本人に悪気はないということは分かっている。だがそれでも、もう少し周囲を気にしてほしいところではある。一応、その都度何度も何度も丁寧に伝えては頷きを繰り返し、少しずつ直りつつはあるのだが......
そう私が思っているとヴァネッサがハッと目を開け、考え込んでいた顔から考えることを放棄したような爽やかな顔をして言い放つ。
「たいちょーが何とかしてくれると信じてるっす」
「......ああ、うん。それが私の役目でもあるし、信じてくれるのはとても嬉しいよ」
ヴァネッサの言葉を聞いてメリーナとイザベラが何かを言おうと口を開きかけたが私は右手を上げて制してた。
ちなみに、サラーは苦笑いをし、エミリーは変わらず無表情だったが若干呆れているように見えた。
まあ、その、信頼してくれるのは物凄く嬉しいのだが、常に私がそばにいるとは限らないし、考えを放棄することはあまり褒められたものではない。やはり、少しは厳しくした方が良さそうだな。
と、何度かヴァネッサの危なっかしい行動を見てきた私は彼女のためにもと思い、少し意地悪な質問をする。
「だがな、市街地で戦闘になった場合はどうするんだ? 建物や避難民への被害を考えずに動き回るのか?」
「え? あー......えと......その......」
少し頬を赤くし、ニコニコと笑顔を見せていたヴァネッサは一度困惑し、頬や頭を掻きながら目をあちこちに泳がせていた。
実戦で教えたほうが一番なのだろうが、変にヴァネッサが意識をし過ぎて彼女自身が重傷を負うかもしれないし、うっかり避けた先に他の隊員がいて、もし対処できなかったらと思うと心臓が張り裂けそうになる。
駄目だ駄目だ。ここは慌てずゆっくり教えて行けばいいんだ。ヴァネッサは歩みは遅いがきちんと学習してきている。急いで死んでしまっては意味が無い。
答えが出ず指をいじりながら俯いてしまったヴァネッサを見た私は慌てて彼女に謝罪をする。
「すまない。意地悪な質問をしたな。
市街地で戦闘にならないようにするのが一番であるが、万が一ということもある。
普段から気を付けないと、ついうっかりでは許されないことになりかねないからな」
市街地での戦闘が起きたらとは言ったが、私達は今のところ町で魔獣と戦闘を行ったことは無い。
今まで、魔獣の襲撃に遭った町へ出動し、瓦礫の撤去や生存者の捜索など災害救助を何度か行ってきたが、私達が町へ着くころにはその場付近にいた小隊や、先行した小隊により魔獣は討伐されているため、救助活動中に魔獣の生き残りと戦闘になったことは無い。
なので、私も市街地戦闘の経験が無く、第5小隊時代に叩き込まれた程度の知識しかない。そんな私がヴァネッサに市街地戦への対応を聞くのは意地が悪いこととなる。
特に前衛を務めるヴァネッサには理解してほしいのだが、無理強いは良くない、一応、メリーナとサラーは理解しているが、うーん、私は甘いのだろうか、と思っていると彼女は何かに気が付いたのか突然両手をパンッと叩きながら大きな声を上げる。
「あっ! 今回の作戦に物資を護衛するって言ってたっすよね。
もしかして、そういう、ことっすか......?」
「そういうこと、とはどういうことですの?」
本当に分かっているのか、と言わんばかりの顔でメリーナがヴァネッサに尋ねると、ヴァネッサは言葉を選ぶようにゆっくり話し始める。
「えっと、ただ避けるんじゃなくて、物資に魔獣の攻撃が当たらないように、常に周囲を気にしろってこと......っすよね?」
そして、言い終わると同時に反応を窺うように視線だけを動かしてメリーナの顔を見てから私の顔を見た。
メリーナは特に何も言わなかったので私は頷いてからヴァネッサに向けて話し始める。
「うん、おおむねその通りだよ。
もっと言えば、ただ周囲を見るだけではなく、味方の連携も考えてほしいところではあるけど。
まあでも、いきなりは難しいから今回は護衛対象に少し気を配るようにな。補助は私とサラーとメリーナがやるから無理はしないように」
「分かってるっすよ」
なんだかんだでいつも通りの戦法になるな、いやまあ、それを理解してほしいところではあるのだが、と思いながら私がヴァネッサに話していると、サラーが口を挟んでくる。
「僕はたいちょーサンの援護がしたいな~」
「ちょっと! 何を言って――」
「たいちょーサンを守るのが最優先でしょ?」
「イ、イザベラだってエレナお姉ちゃんを守るもん!」
サラーの発言にメリーナが注意をするが、サラーは無視して私に向けて右目を一回閉じながら少し格好つけるように言った。
そして、サラーに負けじとイザベラが身を乗り出し、私に向けて右手を大きく振りながら声を出すとエミリーもヴァネッサもそれに続く。
「イーザは......私が......」
「エマちゃんとイーザちゃんは俺が守るっすよ!」
ヴァネッサがイザベラに抱き着き、それをエミリーが羨ましそうに見ており、サラーは少し顔を赤くさせながら私の顔をじっと見つめ、メリーナはサラーに無視されたことについて怒っていた。
なんというか、この雰囲気、私は好きだな。いつまでも皆でこうして楽しく過ごせたらどれだけ幸せだろうか。
と少々耽ってしまっていたが、このままでは埒が明かないので混沌と化した室内の空気を変えるべく、私は両手をパンパンと強く叩いて騒いでいる皆を静かにさせる。
「皆、落ち着け。
色々と思うところはあるだろうが、基本は私の命令通りに動いてもらう。緊急と判断したときは各々の判断に任せることことがあるから、その時は頼むよ」
「「「「はい」」」」
全員が返事をしたのを確認した私は、今日の座学はここまでで終わりであることを告げる。
「よし、今日はもうこの辺で良いだろう。根詰めすぎても良くないからな」
「ふぃー。終わったっすー。
色々と理由があるんすねー」
私が最後まで言葉を言い切るや否や、ヴァネッサは口から魂を吹き出すかのように大きく息を吐きながら卓の上に突っ伏した。
そんな彼女を見て心配になったのか、エミリーとイザベラが自身の席から離れて彼女の左右にそれぞれつき、背中を擦りながら話しかける。
「ヴァネッサお姉ちゃん。大丈夫?」
「だ、大丈夫っすよ。これくらいよゆーよゆー」
「作戦まで......しばらく......座学......やるけど......」
「うぐぅ......だ、大丈夫っす......多分」
二人に背中を擦られながらヴァネッサはうめき声のような声で返事をした。
普段は任務や訓練が最優先で座学に関しては最低限のことしかできないから。ある意味、今回のことはちょうどよかったかもしれない。
欲を言えば、安全に配慮しつつ実戦を交えて教えることができればいいのだが、現実はそうもいかない。
間違いなく今回の作戦は魔獣と何度も戦闘になるだろうし、私自身もまだ未熟であるから色々と不安にはなる。第3小隊が予想通り積極的に動くのであれば、少なくとも待機する私達が一度に多くの魔獣と戦闘になることは無いだろう。まさか第3小隊に頼る日が来るとは思わなかったな。
そんなことを思いつつ私は今日の予定は全て済んだことを全員に伝えてから、メリーナに叱られているサラーに声をかけ、彼女とともに彼女が昨夜にくすねてきた紙と一緒に資料を管理倉庫の一般廃棄物用回収箱に置いていった。
この時に、私がサラーに数々の違反行為に苦言を呈すると彼女はアッサリと謝罪をし、二度とやらないと誓ったので、私はこれ以上言うことはしなかった。
活躍如何によってはある程度の罰が減らされるということについては、下手に重圧を与えるわけにはいかないと判断して私はサラーに話すことはしなかった。
そして、私達は各自で鍛錬や勉強に励み、時に休息日を設け、必要物資の確認や銃器の手入れなどをしつつ過ごし、他の小隊に絡まれることなく作戦決行日を迎えたのであった。