大規模作戦に向けての会議の前にすべきこと
皆で寝室に向かって洗濯物を仕舞い、その後、会議室に移動して各々席に着いたのを確認した私は隊長席から全員を見渡した。
右側の手前から順にメリーナ、ヴァネッサ、イザベラが座り、左側の手前からサラー、エミリーが座る。
隊員全員の着席を確認した私は右手に持った資料を持ちながら話をしようとしたのだが、いつの間にか新しく水の入った容器が卓の隊長席左側に置かれていたので、疑問に思ってそれを見ていた。すると、サラーが手を上げながら新しく水を入れ替えたと言ってきたので、礼を言ってからそれを左手に取り、水を一口飲んでから話し始める。
「大規模作戦について話をする前にしておくことがいくつかあるから、まずはそれらから片付けよう。
えっと、まずは――」
「はいっす。ご飯がまだっすよ」
作戦に関する会議を行う前に言いたかったことを言う前にヴァネッサが元気に右手を上げながら席から立ち上がった。
それにヴァネッサ以外の全員が驚き、しばらく固まっていたが、メリーナが慌てたように彼女に言う。
「ちょ、ヴァネッサ! エレナ隊長の、上官の話を遮ってはいけませんわ! ましてや、今は会議ですのよ?
それと、あなたに言われなくても、エレナ隊長が今その話をするところでしたのよ?」
「あー、すまない。
その、ご飯のことを忘れていた。今すぐ食べよう」
微妙な空気が漂う中、一旦右手に持った資料をその場に置いた私は、本当に申し訳ない、と思いつつ、私から見て卓の左隅に置いてある茶色い大きな包みを急いで取りに行き、包み紙を剥がして6個の掌くらいの大きさの黄色い平べったい四角い紙製の箱を出して全員に配り、再び自分の席に座って箱を開ける。
「おや? 三合丸々なのか」
「すみません。これしかなかったのですわ」
箱を開けて出てきた白く薄い紙に包まれているも、うっすらと透けて見える均等に二本線の入った平べったい正方形の薄黄色い物を見て私は正直な感想を漏らした。
三合飯とは軍が開発した固形栄養食である。正式名称は不明であり人によって呼び方は違う。私は第5小隊にいた時にそう呼ばれていたので、そのまま呼んでいる。
一合分は1食分の栄養素が含まれていることを示し、十分な満足感を与えると言われている。要するに、朝にそれを食べれば昼まで十分腹が持ち、かつ、健康的でいられると言える、ということだ。
ちなみに、一食に三合を一気に食べたとしても体に害はなく、朝に食べれば翌朝まで空腹感を感じずにいられるのだが、朝昼晩という体内時計を狂わせないという配慮からか、普通は1箱に一合分が個包装で3個入っている。
だが、実際の兵士には哨戒任務や警備任務など1日中任務に就かなければならないことがあり、いちいち飯時に食べる余裕が無い、ということがあるため、わざわざ3個に分けず、一合分を分かりやすく線で引いた程度の三合丸々くっつけた物が作られるようになった。
一応言っておくと、軍の食堂には三合飯以外の普通の料理が無料で提供されているが、数が少ないので私達は三合飯を受け取って小隊部屋で食べるのが日常と化している。
ちなみに、散財した食い詰め兵士が飯時一番に無料の料理を賭けて争っている光景は日常茶飯事である。そして、三合飯は余程の理由が無い限り進んで食べる兵士はいないと言われている。理由は美味しくないかららしい。普通に美味しいと思うのだが。
「イーザ......こぼさず......食べられる......? 私が......切り分けようか......?」
「もう! エマお姉ちゃん! イザベラ、ちゃんときれいに食べられるよ! この前初めての哨戒任務の時だって――」
「あの時は......うん......凄かった」
いつの間にかイザベラの右隣の椅子に座って食べているエミリーと早速卓の上に大きな欠片をこぼしているイザベラの会話を聞き、ハッと現実に意識が戻った私は三合飯を包んでいた紙を破かずに剥がして簡易的な皿にしつつ欠片を飛ばさないよう丁寧に一合ずつパキリと切り離しながら、申し訳なさそうにしているメリーナに、気にすることは無い、と言おうとする。
「ああいや、大規模作戦が近いせいか、散財した兵士が多かったのかもしれないなと思ってな。それに、今日は1日中、小隊部屋で待機だからな。丁度いいとも思ったんだ」
「うぇ!? 今日待機なんすか?!」
「今回のあたし達に起きた出来事を鑑みれば、なんとなくは分かりますわ......」
ついでに、大規模作戦の話をする前にしたかった話を私がすると、エミリーとイザベラのやり取りをほほえましく見守りながら食べていたヴァネッサが大きく驚いてこっちへ顔を向け、事情を察したメリーナが複雑そうな顔をしていた。
食べながら喋るというのは少々行儀が悪いのだが、まあこの場合は仕方ない、と思いつつ一合の半分くらいを口に入れてパキッと歯で噛み切ってカリコリと咀嚼しながら私は大規模作戦までの今後の予定について理由を含めて話していく。
「ああ、作戦が近いせいか、空気が悪いらしくてな。おそらく、当日まで待機になるだろう」
「ま~、その方が変な奴らに絡まれなくて済むからね~」
「それは......そう、っすけど。
でも、大規模作戦が近いのに訓練できない俺らは一体何をすればいいんすか?」
少し小隊の行動計画についての話をしていくと、普段であれば、第5大隊に所属する任務も休暇もない各小隊は朝昼晩という大雑把に分けた予定表を、それぞれ所属する全隊員本人が名前込みでなるべく細かく書き、それを確認した小隊長が大隊長へ提出する。
なぜこのようなことをするのかというと、大隊長が万が一に備えてすぐにでも大隊に所属する隊員を効率的に動かすためである。その万が一というのは哨戒任務中の小隊からの応援要請や、魔獣に襲われている町や村などからの救援要請である。
1日をどのように過ごす予定なのかをある程度把握しておけば、大隊長殿は不測の事態に対して的確な判断をでき、各小隊も無理なく対応することができる。私が知る限りではあるが、この大隊における今までの緊急時に関する行動で国民から批判を受けたことは無い。
そういった事情がある中で、大隊長殿直々から何もせず待機せよという命令が出ている以上、第13小隊には個々の予定表を書く必要がないのである。
そういえば、隊の中で最近読み書きを覚えたヴァネッサが、よほど嬉しかったのか、予定表を進んで全員分書くようになっていたな、今回の命令は彼女の楽しみを奪ってしまったようなものか、と思った私はヴァネッサを安心させるべく、今日やろうと思っていた予定を告げる。
「ああ、訓練ができない代わりに座学をしようと思ってな」
「うぇっ!? 勉強っすかぁ? 何回か出撃して魔獣もぶっ殺してるのに今更必要あるんすかね?」
あれ? 座学といえば、最近のヴァネッサが隊の先輩であるメリーナやサラーを制しながら後輩であるエミリーやイザベラに教えていた分野だったはずだが、面倒になってしまったのか? とヴァネッサの言い分を聞いて私が疑問に思っていると、メリーナが少々怒りながら諭すように話しかける。
「ヴァネッサ、あなたね。全員が哨戒任務を経験しているとはいえ、エミリーは魔獣との戦闘経験が1回しかありませんし、イザベラはまだ1回もありませんのよ?
それに、実戦経験のある私たちでさえも戦闘時の動きが常に完璧で正確とは言えませんわ。
ですから、座学は必要でしてよ?
特に......」
三合飯をバリバリムシャムシャと食べているヴァネッサが理解できるよう、メリーナは三合飯を紙の上に置いてから、分かりやすく丁寧に言葉を並べて話していく。
メリーナは教え方が上手くなっていると思うな、ヴァネッサもきちんと聞くようになってきたし、ここに来たばかりのころは色々と大変だったな、と2年くらい前のことをしみじみと思い出していると、メリーナの話が若干説教っぽくなり始めてきたので私は急いで止めに入る。
「......そういえば、あなた。最近の学力は――」
「ま、まあ、そういうわけだ。彼女たちのために我慢してくれ」
自分自身に厳しいメリーナの向上心は尊敬するに値するのだが、いかんせん、他人にも厳しくしてしまう部分があるので、稀に隊員同士の衝突が起こることがある。特にサラーとよくぶつかっているらしい。私の知らないところで起こっていることらしいので、どの程度かは分からないが二人の様子から酷い状態ではないはず。おそらく、仲の良さからくるじゃれあいのようなものだと私は思っている。
メリーナの話を止めた後、ヴァネッサのやる気を上げるために私は仲良く三合飯を食べているエミリーとイザベラの方を一瞥してからヴァネッサに話しかける。
「それに、二人に良いところを見せる機会なのではいかと思うのだが――」
「仕方ないっすねぇ。
むぐむぐ、んぐっ。
このヴァネッサお姉ちゃんに任せなさいっす」
「ヴァネッサ、卓上に欠片がいくつも溢れていますし口の周りが粉だらけですわ」
ヴァネッサがエミリーとイザベラの立派なお姉ちゃんでありたいと思っていることは小隊の全員が知ることではあるのだが、その、なんだ、格好がついてないと思うのだが、と私が口周りに食べかすを付けたまま胸に右手の握りこぶしを当てているヴァネッサを見てどうしたものかと悩んでいると、メリーナが呆れ顔で指摘をした。
とりあえず、汚れた卓を掃除するか、と思って私が席を立とうとすると、すでに三合飯を食べ終えていたサラーが立ち上がって台所へ向かっていく。
「布巾を――」
「ああ、僕が布巾取ってくるね~」
サラーが台所に入ると同時にエミリーが声をあげる。
「ごめんなさい......こっちにも......お願いします......」
「エマお姉ちゃんこぼしちゃったの?」
「......イーザ」
イザベラの方を見てみると、ヴァネッサほど酷くはなかったが、卓の上や口周りに少量の食べかすが付いていた。
イザベラ、挑戦することは良いことなのだが、無理そうなら人に頼っても良いんだぞ。まあ、今は無理かどうかの見極める判断力が必要なのだが。
と、私は言おうか悩んだが、不出来な妹を優しく見守るような顔をしたエミリーを見て、無粋だな、と思って心の中にしまっておいた。
サラーが持ってきた数枚の布巾を使って私とサラーは卓を拭き、メリーナはヴァネッサを、エミリーはイザベラの口周りを拭った。
「まあ、とりあえずはヴァネッサに伝わったし、食べ終わったら座学の前に少し作戦内容について話しておくか」
「まだ食べ終わってないの、たいちょーサンとメリナだけだよ~」
「うっ。い、言い訳はしませんわよ」
「す、すまない」
サラーから指摘され、まだ三合飯を食べ終えていないのが自分とメリーナだけであることに気づいた私とメリーナはお互いに顔を赤くし、はしたなく思いながら急いで食べていった。
そして、食べ終えて水を飲み、一息付けてから私は右手付近に放置していた資料を手に持ち、作戦内容について話始めた。