落ちこぼれ小隊4
少し遅くなってしまったが、まだ間に合うはずだ、それに、今なら食堂は人が少ないはず、と私が司令室から早歩きで食堂へ向かい、その扉を開けると私の予想通り席に座って食事をとる人間はほとんどいなかったのだが、食堂の食事受け取り口辺りには数人の下級陸兵に服を着た男女の集まりがあった。
何か話し合いでもしているのだろうか? と思いつつ、今日の分の食糧を受け取るため、私は受け取り口に近づくが、集団の声が聞こえて足を止めた。
「はぁーっ。本当にお前らって穀潰しなんだな。
大規模作戦で前線に送られる俺達はたった今哨戒任務から帰って来たばかりなのにまだまだ忙しいって言うのに、後方部隊のお前たちは呑気にこんな時間に飯かよ」
「な、なにを言っていますの! 隊の配置や任務は大隊長殿がお決めになったことですのよ! それは上官の命令に異を唱えることになりましてよ!」
「うるさいよ! この、空戦隊に入れなかった落ちこぼれ元貴族サマが! 偉そうにお嬢サマみたいな喋り方してんじゃないよ! 鬱陶しい!!
お嬢サマだったらわざわざ軍に入らずとも、その辺の貴族の男に媚び売って結婚して贅沢な暮らしでもしてりゃいいのよ! あっごめんなさい、あなたは貴族じゃなかったのよねぇ。アッハハハ!」
あれは、メリーナか? なぜここに? いやそれよりも、急いで彼女を助けねば、と私は頭半個分は背の高い男女3人組に囲まれているメリーナを見てすぐに把握すると、すぐに救出方法を考えるため相手側を観察した。
あの濃い緑色の服から下級陸兵であることは間違いないが、後ろ姿であったため襟章が見えず、相手の階級が分からない。だが、左腕の袖章から彼らが第8小隊の所属であるが隊長副隊長でないことは分かる、となれば、私と同じ階級だったとしても何とかなる可能性がある。
それに、彼らの話ぶりから平民である可能性が高く、もしそうなら貴族への侮辱罪が成立する、ならば、と考えて左手に持っていた資料を右手に持ち替えてから私は強めに話しかけながら目の前にいる女の左腕を背後から左腕で掴んで止めに入る。
「おい待て! 今の発言は侮辱罪に当たるぞ?」
「ちっ......腰巾着のご登場か」
腕を掴まれた女の左隣にいた男が私の顔を見て舌打ちをし、小声で何かを言うが、私の耳がそれを拾った。
腰巾着、か、最近、定時連絡のために司令室へ足を運んでいる姿を見た私のことをそのように言う人間が増えた気がするな、中には大隊長殿は少女趣味があるのかなどと言い出す愚か者までいる始末だ。
おっと、話が逸れた、襟章を見たところどうやら全員私と同じ上等陸兵のようだが、所属小隊は違えど、私が小隊長であり彼らがそれ以外であるならば私の方が立場は上になる、先ほどの発言のこともあるしここは強気にいくか、と私は顔を無表情にしつつ少々怒気とさっきの言葉は聞こえているぞという脅しを込めてその男に向かって話しかける。
「それは、どういう意味だ?」
「ぐっ......ふんっ。しらけちまった。行こうぜ」
「あ、ああ、大規模作戦で大戦果を上げるために射撃訓練しないとなぁ。あーあ、忙しい忙しい」
「こ、今度の給金で何買おうかしらぁ? 軍人と言っても女ならお洒落には気を使うべきよねぇ?」
よかった、どうやら口だけの連中のようだった、と私は内心でホッとしつつ、去っていく彼らを見向きもせずに急いでメリーナに近寄り、彼女の無事を確認する。
「大丈夫か、メリーナ?」
「助かりましたわ。ありがとうございます、エレナ隊長。
......その、申し訳ございませんでしたわ。待機命令を無視してしまい、このような騒ぎを起こ――」
「いや、私の方こそすまない。時間をかけ過ぎてしまったようだな。
わざわざ、取りに来たのだろう?」
メリーナも副隊長だから立場はそれなりにあるはずだが、彼らを振り払うことができなかったのか? いや、なにか事情があったんだろう、と私は切り替えてメリーナに謝罪をしつつ資料を右手から左手に持ち替えながら彼女の行動理由について尋ねた。
私の質問を聞いてメリーナは若干体を震わせ、申し訳なさそうに頷いて、抱えていた茶色い大きな紙の包みを私に見せながらここまでの経緯を大雑把に話していく。
「ええ、その。エレナ隊長の帰りが遅く、食堂が閉まってしまうかと思いましたの。それで、独断で食堂へ向かったのですわ。
それと、その際にサラーが小隊全員の予備の軍服と肌着の入った袋と一つにまとめた敷布を抱えて付いて来ましたの。
ですから、その、洗濯室へ一人で向かった彼女が少々心配ですわ......」
「敷布を交換しに行ったんじゃないのか?」
「え? ええ。『折角だから、ついでに皆の分も持っていって洗っておくよ~。作戦が終われば間違いなく着替えたくなるだろうからさ~』と言っていましたわ」
なに? わざわざ小隊全員分の洗濯物を今洗いに行ったのか? 確かに、今回行われる大規模作戦はかなりの日数がかかるものだし、その間風呂や洗濯は一切できない。サラーの気遣いはありがたいが、さっきのメリーナに起きたことを思うと不安になるな。
いくら手作業より乾燥含めて早く終わる乾燥機能付き洗濯魔術具とはいえ、この時間は誰か他の隊員が使用することが多い。何かあっては大変だ。
だが、ここから洗濯室までは少し遠回りになるし、一旦メリーナを先に小隊部屋まで送ってからのほうが良いかもしれんが時間が惜しい。彼女には悪いが一緒に来てもらおう。
と、無意識に右手の握りこぶしを顎に当てつつ考えた私はなぜか少し顔を赤くしているメリーナに自分の考えを伝える。
「確かに、それは心配だな。少し様子を見に行こう。
メリーナ、すまないが、ついて来てくれるか?」
「ええ、大丈夫ですわ」
メリーナの同意を得たので私は早歩きで食堂を出て洗濯室のある方向へ向かっていった。
「しかし、メリーナがサラーを心配するとは。少し意外だな」
「んなっ。心外ですわね。あたしだってサラーの心配くらいはしますわ。色々と思うところはありますけども、だ、大事な、仲間、ですもの、その......」
「二人の仲が良くて良かったよ」
「サラーはそんなこと、ちっとも思ってないと思いますわ」
道中、まだ暗い雰囲気をしていたメリーナを励ますべく私は少し彼女を揶揄った。すると、メリーナは頬を膨らませながら私に抗議をして、顔を徐々に赤くしながらサラーについて抱いていることを話してきた。
なんだかんだで仲が良い気がするんだよな、メリーナとサラーって、と思いながらメリーナの雰囲気が少し明るくなったのを確認した私は少し笑みをこぼしてから表情を素に戻し、先を急いだ。
そして、しばらく歩いていると、通路の右側にある扉のない洗濯室の入り口付近に緑色の上級陸兵の軍服を着た私の顔一個分は背の高い二人の男女が塞ぐように立っているのが見えた。
嫌な予感がして私がその二人に音を立てずに近づいていくと高圧的な声で脅迫じみた言葉が聞こえてくる。
「おいおい。何か言ったらどうなんだ? あぁ?」
「......死ねよ」
「もしかして、満足に言葉を喋れないんじゃない? ほら、コイツんとこにいるじゃん。無口なやつとかガキみたいな喋り方するやつとか」
「ああいたな! ここは孤児院でもねぇってのに使えねぇガキを置いとくんじゃねぇよなぁ、全く。お前らのために面倒な警備任務をやってるんじゃねぇんだよ」
「......寝てたくせに偉っそうに。
......本当死ねよ」
クソッ、ここでもか、会話の内容からエミリーとイザベラのことを言っている可能性が高い、サラーは無事だろうか、と脅迫相手が私の小隊隊員と全く無関係な人物であってほしいと無駄だと思いつつも祈りながら、確認するために一度メリーナに目線だけで待機するよう指示を出してから二人の背後に音もなく回って隙間から洗濯室の中にいる無表情に目線だけは彼らの方へ向けながら数ある魔術具の中から一番入口に近い物の前に立ち、ヴ―と静かに音を立てている軍服用縦型洗濯魔術具の方を向いて佇み何かを呟いているサラーを見た。
やはり、サラーだったか、さて、この状況どうする、と私はメリーナの時同様、彼女を救うべく目の前の男女二人を観察した。
上級陸兵服から私より階級が上であること確定しているし、横から背後へ近づく際に襟章を見えたので相手の階級がどちらも陸軍曹であるのことを把握している。そして、それぞれの袖章を見ると第10小隊所属であるものの小隊長でも副隊長でもなかった。階級が上でも相手が小隊長などの役職持ちであるならそれなりに気を使うべきであるのだが、おそらく彼らに伝えても意味は無いだろう。
よし、ここは、と作戦を決めた私は人の良さそうな笑顔を作ってから穏やかな声で目の前の二人に話しかける。
「私の隊員に何かご用でしょうか?」
「あ? ......ああ、いやなんでもないですよ。
たまたまここを通りかかって、たまたまみんなで世間話をしていただけですよ。なあ?」
「そうよ。自意識過剰なんじゃないの?」
二人の態度を見た私は、聞いてもないことをベラベラ喋りやがって、いや、落ち着け、相手の反応から私がとるべき行動は、と思いながら表情に出さないよう努めて言葉を発する。
「そうですか。そのー、申し訳ありませんが、私達は少々お話しすべき案件がございまして、えーっと......」
なるべく遜るように長く話しかけつつ、乾燥が終わった洗濯物をサラーが二人に気づかれないよう音を立てずに白色の布袋に仕舞っているのを確認した私は目線で彼女に合図を送った。
そして、サラーが全ての洗濯物を袋に詰め終わり新しい敷布を人数分手に入れて同じ袋に詰めて私に頷いてきたのを確認した私は次の言葉を話していく。
「できればー、そのー、ここを離れていただけると、助かるのですがー......」
「はぁ? なんで俺達がお前らのためにわざわざ退かなきゃなんねえんだよ」
「私達の方が階級は上よ? 上官に対してなんて態度なの。それに私達は警備任務で疲れてるのよ? 労う気持ちもないなんて本当使えないわね」
「!! ......この屑共っ! 殺す! 絶対に殺す! 殺す殺す殺すコロスコロスコロ――」
予想通りの言動だな、どうせ、ここを離れると言ったら立ちふさがって妨害しただろう、と内心で反吐を吐きながら私は自身に身体強化をかけつつ謝罪のために頭を下げる。
「これは、大変失礼いたしました。では、私達がここを離れますので......
間、失礼いたします!」
そして、私は頭を下げたまま右腕を前に出し右足を踏み込ませつつ半身になって二人の間に強引に割って入っていった。
「あ、おい!」
「ちょっ、なによこの馬鹿力!」
左右それぞれから身体を殴られたり引っ張られたりするが、私はそれを無視して右手でサラーの左手の甲と手首辺りを掴んで引っ張り上げていく。
「サラー、行くぞ」
「......コロスコロ――
ほぁっ! は、はい!
......はわぁぁ、て、手を握られちゃったっ、ど、どうしよう、汗でベタベタしてないかな? 大丈夫かな? ああ、柔らかい右手」
少々乱暴になってしまったが、サラーが痛がっている様子ではなかったので私はそのまま彼女を引っ張って室外へ出そうとしつつ少し離れていたメリーナに付いてくるよう目線で合図するが、左右にいる二人がサラーを引っ張ろうとする私の邪魔をしようとする。
「おい、待――」
「チッ。
......邪魔すんなよ」
「痛っ」
「きゃあっ」
二人の男女は息を合わせたかのように私の身体を両手で掴んで捕まえようとしたが、何故か後ろへ吹き飛んで尻餅をついた。
身体のどこかが当たったのか? だが、身体強化をしているとはいえ、ちょっと当たっただけで尻餅をつくのだろうか? と私が倒れている二人を見て困惑していると、サラーがなぜか私の右手を左手でニギニギと握りながら話しかける。
「おやおや~? 袋がぶつかってしまったようですね~。
これはこれはすみませ~ん。ですが~、陸軍曹ともあろうお方が~、たかだか一等陸兵の持つ布袋程度が当たったくらいで~、尻餅をつくのはさすがに鍛錬不足なのでは~? それに~、私達はあの落ちこぼれ小隊なんですよ~? あ、もしかして~、夜通しの警備任務で寝不足なんですか~? それは大変お疲れ様です~。ゆっくり寝て体力の回復に努めてください~。
しっかし~、大規模作戦が近いんですよ~? そんなんで大丈夫なんですかね~? そう思いませんか~? ねえ~、皆さ~ん?」
そう言ったサラーは、私が割り込む前から少し距離をとって一連の私達のやりとりを見ていたであろう洗濯物の入った袋を持った何人かの微妙な顔をしていた兵士たちに聞こえるようわざとゆっくりと大きな声で話しかけるかのように言った。
「ちっ、おい、行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
周囲の視線を感じ取ったのか、二人の男女はそそくさと離れていった。
流石にやり過ぎではないか、と思いながら周囲を見て面倒ごとはもうないと判断した私はメリーナとサラーに視線を送ってから小隊部屋まで歩いていった。
私の左側に食糧を持ったメリーナ、右側に私の右手を左手で互いの指が交互に絡み合うように握り右腕で袋を担ぐサラーが歩いている状態で私はサラーに話しかける。
「大丈夫だったか?」
「ああ~、うん。何もされなかったし、しなかったよ~」
「無事でよかったですわ」
「まあ、堂々と悪口を言われただけだからね~。雑用しか能の無い奴が小隊長やってる文字通りの無能小隊ってさ~。てか、あいつら、ちょくちょく突っかかってくるんだよね~。
......陰口どころか面と向かって罵倒するとか本当死んでくれないかな」
どうやら暴力行為や器物破損のようなことは起こらなかったようだな、と私は内心でホッとしていると、メリーナも安心したように言った。
そして、先ほどのサラーが言い放っていた言葉を思い出しながら私は、さっきのように煽るような言葉は控えてほしい、と言おうとしたのだが、彼女が私達が来る前に兵士たちから言われていたことを聞いて、言いたかった言葉が出なくなってしまった。
「そうか......」
「よく我慢できましたわね」
「さすがにもうそんなことはしないよ~。
......後で絶対に仕返ししてやるけどね。あれっぽっちじゃ全然足りないよ。
......本当は馬鹿にする奴は全員ぶっ殺してやりたいところだけど、それをすると困っちゃうだろうしな」
第5小隊にいたころから他小隊の兵士たちに無能や落ちこぼれと言われていたし、小隊長であるフィン陸曹長殿は気にするなと言っていたが、私の部下である隊員たちがこうも罵倒や侮辱をされているのを見るのは、自分が言われるよりも色々と辛いものがあるな、だが、とにかく、何もなくて本当に良かった、と私は心の底から安心した。
そして、私は聴力を強化し、耳を澄ませてなるべく人がいない通路を探しながら進み、少し遠回り気味になって小隊部屋まで無事にたどり着いた。
さて、大人しく待機してくれているだろうか? 特にヴァネッサが少々心配だ。彼女は、その、悪い子ではないのだが、いささか理解力が、うん、まあ、きちんと丁寧に話せば文字通り言うことを聞いてくれるのだが、どうしても心配がぬぐえないというか。一応、エミリーやイザベラの前では立派なお姉さんでありたいと考えているから、今の状況ならたぶん大丈夫だろう。なにかあってもエミリーとイザベラが大人しくさせているだろうし。
と、部屋の中の様子を想像しながら私は慌てて扉を開けようとするメリーナに資料を持ったままの左手で制しつつ、サラーの絡みつく左手を解いて右手で扉を開けようとした。
すると、サラーの左手が、解こうとした私の右手をさっきよりも強い力で拘束し始めた。私は何度か解こうとしたのだが、サラーがなかなか解放してくれなかったので、どういうつもりだ、と思い、彼女へ抗議のつもりで顔を向けた。だが、サラーは何故か上機嫌な笑顔のまま可愛らしく顔を右へ傾けるだけだった。
さすがにこれはおかしいよな、と思った私はサラーに手を放すように言う。
「あの、サラー。放してくれないか? 扉を開けられないのだが」
「ん~? 右手じゃなくても、扉を開けられると思いま~す。
というか、メリナが開ければいいと思いま~す」
「あ、あなたね。あたしが扉を開けようとしたときエレナ隊長があたしを止めたを見たのでしょう?
でしたら、隊長の意思を汲み取り、下がるのが部下として当然の行動ですわ。
というより、あなたが隊長の右手を放しなさいな」
「え~。どうしよっかな~」
困惑する私と怒るメリーナにサラーは悪戯っ子みたいな顔をして私の右腕に体を絡ませるようにくっついてメリーナを煽るようなことを言い始めた。
不味い、二人の空気が悪くなってきたぞ、何とかしなければならないが、どうする、と内心で慌てた私は何も言葉が思いつかなかったのでサラーにお願いするように言う。
「サラー、頼むから、手を放してくれ」
「は~い、分かりました~」
少し不満げな顔をしてサラーはスルッと私の右手を解放した。
やっと放してくれたか、最近のサラーはなんだか私への接触が多いというか多すぎる気がするな、大規模作戦が近くて無意識に不安を抱えているのか、それとも、なにか相談したいことでもあるのだろうか、だが、相談しようにも二人きりで話そうとするとはぐらかされてしまうしな、どうしたものか、と彼女のことを考えつつ私は改めて右手で握り玉を握って扉を開けた。
「ただいま。遅くなって済まない。
......どうした?」
挨拶と謝罪をしながら扉を開けると、そこには扉側に最も近い左側の席に座り俯いているイザベラと彼女の左右に立ち、イザベラの右肩に左手を置くエミリーとイザベラの頭を右手で撫でているヴァネッサがいた。
ただならぬ様子から、何かあったに違いないと私が察していると、ヴァネッサとエミリーは扉を開けて入って来た私達の方に顔を向けて各々喋り始める。
「あー、そのぉ」
「中型支援車両と......装備の......整備点検を」
「えと、あれっすよ。待っててもたいちょー達が来なかったから......その、先にやっておこうと思って、えー、だから、そのー......」
怒られると思ったのか、ヴァネッサが乗せていた右手をイザベラの頭から離して人差し指で頬をかきつつ言葉を詰まらせ、エミリーが一度目を右方向に動かしてからこちらへ向かせて端的に言った。
その後、ヴァネッサが両手を前に振りながら言い訳を並べていった。
「ああ、いい、遅れてしまった私が悪いからな。
だが......それだけじゃないんだろう?」
なるほど、3人で支援車両がある車両庫へ向かったのか、だが、イザベラの様子からそこで何かあったんだろう、と考えた私はまず叱る気はないことを伝えてから、詳細を聞こうとした。
「えと、まあ、むかつく輩に絡まれたというっすか、その......」
「だ、大丈夫でしたの?」
そうか、あそこでもか、私の見積もりが甘かったか、と私が己の不甲斐なさと兵士たちの愚かさに怒りがこみ上げてくるのを何とか表に出さないよう我慢していると、食糧を卓の上に置いたメリーナが心配して声をかけた。
二人は一度顔を見あって、ほぼ同時にイザベラを見てから、こちらを見て話し始める。
「大丈夫......ヴァネッサお姉ちゃんが......牽制......したから......ただ」
「あいつ等は口だけだったから何事もなかったっす。でも、イーザが怯えちゃって......」
「だ、大丈夫、だよ。い、イザベラは、平気、だよ。
ちょ、ちょっと、まだ、男の人が、怖い目で、見てくるの、苦手、だけど」
俯いていたイザベラが強張る顔を無理矢理抑え込むように作った笑顔を私に向けて言ってきた。
イザベラはとある出来事がきっかけで男性恐怖症になっている、男に話しかけられただけで小隊員の誰かの陰に隠れて怯える彼女がここまで震えているということは、とてもつらいことがあったのだろう、と私は彼女の身に起きたことを推察しながら、持っていた書類を卓に置き、彼女を安心させるために右側からゆっくり抱き着き右手で頭をなでながら優しく話しかける。
「......無理はするな」
「ち、ちゃんと、整備と、点検は、やった、よ? ど、どう? 凄い、でしょ?」
「ああ、よくやった。だから、本当に、無理はするなよ」
「う、うん。ありがとう。エレナお姉ちゃん」
イザベラはこの隊の中で一番銃に詳しく、彼女が整備をしたものは普段の数割くらいは性能が上がると皆も太鼓判を押している、それが嬉しかったのか、彼女は進んで支援車両や銃などの整備点検をするようになっていった。
イザベラはきちんと前を向いて歩こうとしているだけなのに、何故だ、と私が悔しい思いをしながらギュッと優しく彼女を抱き、彼女の頭を丁寧に撫でていると、彼女からとんでもない言葉が飛び出してくる。
「......ねえ、エレナお姉ちゃん......イザベラ、生きてて、いい、のかな......?」
「!!」
な、なにを言って、まさか、と察してしまった私はイザベラを抱いたまま顔を左にいるヴァネッサの方へ向けた。
すると、ヴァネッサは少し俯いてから言うかどうかを迷い、ゆっくりと話し始める。
「その、あいつ等が、俺やイーザの両親とエマのことについて好き勝手なこと言ってたんすよ。
それで、イーザの耳に聞こえちまったというっすか、その」
「そうかっ......!!」
どこの小隊か知らないが、イザベラにこんなことをしてタダで済むと思うなよ、と私はイザベラを抱いてため、全身に力を入れることはせず、代わりに奥歯が砕けるギリギリまで強く噛み締めた。
ヴァネッサはもともと帝国出身で親の仕事の都合で皇国にやって来たのだが、その親が飛行魔術具に関する情報を入手するために送られてきた帝国の間者であったため、色々とあった彼女がここに入隊する際は一時期、駐屯地の営倉に拘束されることがあった。
エミリーは出自が不明で、いつの間にかここの駐屯地におり、本人に経緯を聞こうにも彼女には記憶がなく身寄りもなかったため軍で保護し、そのまま入隊することになった。一部からは間者を疑われているが私は彼女が間者などとは一欠けらも思ったことは無い。
イザベラは皇国出身だが婚約者であった貴族子息に嵌められ両親が売国奴として軍を名乗る何者かに捕らえられ、その後密かに殺されている。子息の死亡後、調査が行われ彼女の無実が証明されたが、いまだに疑っている者がいると聞いたことがあった。
そんな彼女たちの境遇を知らず、好き勝手言う輩に殺意を覚えたが、自分が何のために小隊長をやっているのかを思い出し、心の中で深呼吸をしてから、私は泣き始めたイザベラに自分の考えを拙いながらもゆっくりと言う。
「イザベラ、よく聞け。この世界に生まれてきちゃいけない人なんていないんだ。
誰にだって幸せに生きる権利はある。だから、私達も幸せに生きたっていいんだ。それに、私の幸せは皆で生きることなんだ。一人でも死ぬなんて私は絶対に嫌なんだ。
ここにいる皆で幸せに生きていこう。私も皆も頑張るから」
「そうですわ。皆でいればどんな困難もへっちゃらですわ」
「そうそう。
......馬鹿にする奴は本当全員死ねばいいんだよ」
「俺も頑張るっすよ。邪魔する奴はたとえ魔獣だろうが人間だろうが1匹残らず全てぶち殺すっすよ!」
「イーザ......あきらめちゃ......駄目」
「う、うん。ありがとう。エレナお姉ちゃん。みんな」
我ながら拙い言葉だ、だが、皆で幸せに生きることは私の目標であり夢でもあるんだ、そのためには私がなんとしてでも何を犠牲にしてでも皆を守るんだ、と私が決意をして言葉を発すると、他の隊員たちが私の意見に同意していった。
そして、私達の言葉を聞いて、イザベラは作られていない満面の笑みを浮かべて感謝の言葉を言った。
イザベラが十分に落ち着いたことを確認した私は皆に会議を行うことを告げる。
「これから皆で生き残るためにも作戦会議をするぞ。
今回の大規模作戦、なんとしてでも生き残り、皆で無事に帰るんだ」
「ええ」「は~い」「おっす」「......はい」「うん!」
「だが、その前にサラーが持ってきた洗濯物を仕舞うのと、敷布の交換をするぞ。
急げ」
「「「「はい」」」」