落ちこぼれ小隊3
「すぅ......ふぅ......
よし......」
落ち着け、粗相のないよう注意しろ、まずは普通にそしてアレについての報告だ、と私は司令室の扉前に立ち、服や髪の乱れがないか確認をしつつ一度深呼吸をしてから色々と覚悟を決めて扉を軽く叩こうと右手を軽く上げようとした。
だが、それより早く扉の奥から威厳のある男性の声が聞こえてくる。
「入っていいぞ」
「!!
......失礼します」
一瞬動揺してしまったが、入室の許可を得たので私は部屋の奥にいるであろう相手に扉越しでもしっかり聞こえるように、かつ、騒音にならない程度に大きな声で返答し、扉を軽く叩こうとしていたためわずかに上がっていた右手を急いで扉にぶつけないように下ろしつつ、その手で握り玉を握ってゆっくり捻り、なるべく音を立てないように静かにかつ素早く扉を開けて中へ入っていった。
そして、すぐに後ろを向いて丁寧に、そして、静かに扉を閉め、再び前を向いてこの部屋のある主であり目の前の高級そうな光沢のある机に座る上級陸佐の襟章と様々な勲章をつけた薄緑色の上級陸士の軍服を着た短い金髪に無精髭を生やした40代前後の男に礼をする。
「エレナ上等陸兵、定時連絡を受け取りに参りました」
大きな物音を立てずにここまで来たはずだし、扉を叩く瞬間に声をかけてきたということは、まさか、私が来る時間を完璧に把握していたのか、それとも気配を察知したのか、さすがは大隊長殿だ、と心の中で驚きながら私は用件を伝えた後、4人掛けの応接用卓を迂回して司令席前に移動する。
そして、目の前の席に座る、皇国軍陸戦隊の上級陸佐であり、かつ、この皇国南部に所在する第7駐屯地の駐屯地指令であり、私が小隊長を務める第13陸戦小隊が所属する皇国軍北方方面第5魔獣討伐大隊の大隊長を務める男が上着の胸衣嚢から家紋の施された金色の懐中時計を重々しく取り出し時刻を確認している様子を私は背筋を伸ばしたまま黙って見ていた。
しばらくした後、大隊長殿は懐中時計を少々雑に仕舞いながら先ほどの威厳のある声ではなく普段より少し疲れたような声で話し始める。
「......時間ちょうど、だな。楽にして良い。今は私と君しかいないからな」
「はっ。お心遣い、ありがとうございます」
大隊長殿の休めの指示に対して私はきちんと礼を言い、そして、その場で言われた通り左足を肩幅に開き、両腕を後ろに回し、腰のあたりで左手で右手を掴んで手を組んだ。
大隊長殿はなんだか普段より疲れているようだ、大規模作戦に関してなにかあったのだろうか、それとも、空戦隊か他の大隊から干渉でもあったのだろうか、と私が内心で大隊長殿の様子からこの大隊に何らかの問題が生じているのではないかと推察していると、彼はため息を吐きながら話し始める。
「はぁ、君は少々真面目が過ぎる。
もっと気を抜き給え、君の隊員の狙撃手のようにな」
「!? その、申し訳ございません......
すべては彼女の愚行を止めるどころか、発見することすらできなかった私の責任です」
まさか、報告をする前に大隊長殿から告げられてしまうとは、と慌てた私は急いで姿勢を正して頭を下げて謝罪をした。
そして、大隊長殿からの勘気を被るまで頭を下げたまま待っている間、私は、サラーのことでここまで大隊長殿に要らぬ苦労を掛けてしまっていたのか、こうなることならもう少し厳しく接するべきだった、と自責の念に駆られていた。
だが、いつまで待っても、大隊長殿からの叱責が飛んでくることは無かった。
「はぁ......君は何を勘違いしている。
べつに厳しく咎めようとこの話をしたわけではない。
言葉通り、もう少し気を抜けと言っているし、君の隊員のようにもう少し不真面目にしろと言っているんだ。部下が堅すぎると私が疲れるのだよ......」
「は、はあ......」
代わりに飛んできた大隊長殿の盛大なため息と言葉の意味を理解できなかった私は頭を下げたまま顔を上げ、間抜けな声を出してしまった。
そんな私に大隊長殿は右手で首元を揉みながらゆっくりと話し始める。
「それに、君の隊員の仕出かしたことは全て知っている。
確かに、これまでの規律違反の数々には呆れるしこれらを捨て置くわけにはできん。だがな、私は未成年の小娘一人に出し抜かれている他の連中に失望しているのだ。あの一件を忘れたのか、まったく。
人類の脅威である魔獣をただの素材でしか見ることができないうえ、功績を上げることしか考えず守るべき国民のことなど眼中にない。挙句の果てに魔力至上主義などに染まりおって、情けない」
どう反応すべきか迷いつつゆっくり姿勢を戻しながら大隊長殿の愚痴のような言葉を聞いていた私は魔力至上主義という言葉にピクリと反応してしまった。
魔力至上主義とは、人間が保有する魔力量で人種の優劣をつけるという皇国軍全体で蔓延っている思想である。魔力が多ければ多いほど優れた兵士であり英雄であると言われ、少なければ少ないほど兵士に向かない人間であると言われている。
軍ができるはるか昔から歴史ある一部の貴族が有していた思想だったらしいのだが、あることをきっかけに爆発的に広がるようになっていった。
約60年前に膨大な魔力量を保有する陸戦隊の下級陸兵たちが小隊を組み、軍事研究開発部が開発し倉庫の埃をかぶっていた空を飛ぶ魔術具で空を飛び、皇国北部を攻めてきた魔獣の大群相手に無傷で殲滅したという今まで誰も成し得なかった大戦果を上げた。
これにより、下級陸兵だった彼らは陛下から直々に命じられて皇国軍に空戦隊を設立し、下は上級空佐から上は上級空将まで新たに空戦隊用に用意された階級を与えられ、さらには空戦隊初代空将軍や幹部を務めるという錦を飾った。中には平民だったが貴族になった者もいる。
この出来事をきっかけに、最初は空戦隊に所属している貴族が空を飛ぶほどの魔力を持たない陸戦隊を見下していたが、次第に空戦隊に所属する平民も見下すようになっていき、魔力至上主義が貴賤上下関係なく徐々に軍全体へと広がっていった。
少し政治の話になるが、皇国では陸戦隊の幹部を古くから代々就任している高位貴族が政界で強い立場にいた。
だが、空戦隊の登場と活躍により、空戦隊の幹部を就任している貴族が徐々に政治的に強い立場を得始めてきた。
これにより皇国軍内では革新の空戦隊と伝統の陸戦隊でいがみ合い、政治の場でも軍との関係無関係問わず貴族同士でそれぞれ派閥が出来上がっている、という話を元貴族令嬢のメリーナから聞いたことがある。
さらに、最近では陸戦隊内でも魔力が多い者が戦果を上げつつあるという報告を聞いたことがある。これによって、陸戦隊内でも魔力至上主義が蔓延るようになっていった。
そして、最近の魔力至上主義は魔力の少ない人間は、人間ではないという風潮が形成し始めている。
と、私が今朝見たあの紙とともに思い出していると大隊長殿がとんでもないことを言い始める。
「いや、もっとも情けないのは大隊長という肩書の癖に彼らを御しきれない私自身か......」
「そ、そんなことはありません! 私達は大隊長殿のおかげでこうして平穏無事に軍人として暮らすことができているのです」
大隊長殿のおかげで行き場所や帰る場所の無い私や他隊員たちが路頭に迷うことなく軍人としてこの国に生きていられている。それに、ユリアお姉ちゃんとラウラお姉ちゃんが所属していた第9小隊と私が入隊したばかりのころである3年前に所属していた第5小隊の方々は優しく軍人の鑑のような人たちでした。それに、他の軍人と多少の揉め事はあれど、重傷を負わされることも強姦されることもなかった。
第5大隊という組織が今まで崩壊せずにここまで皇国南部に住む国民たちを守ってこられたのは大隊長殿であったからだ、と私は言おうとした。
「第ご――」
「では、なぜ、君はここに定時連絡を受け取りに来ている?」
「っ!! そ、それは......」
だが、それよりも先に大隊長殿の口から出た言葉に私は言葉を詰まらせてしまった。
本来、任務や休暇で駐屯地にいない小隊を除いた全小隊長は毎朝に行われる定時連絡会議に参加しなければならないが、第13小隊のことを目の仇のようにしている者がそれなりにおり、その中の第3小隊に所属する現陸戦隊陸将軍の子息である人物が私の会議の参加を禁止するように言った。
普通、そんな要求がまかり通ることはないのだが、父親が陸将軍であることと、侯爵家当主であり政界でも力を持っていることもあり、伯爵家で上級陸佐の大隊長殿としても無碍に却下することができず、結果として、会議後に私が司令室に赴き会議の結果がまとめられた資料を読み込むという今の形になった。
政治のことは分からないが、陸戦隊の中で頂点に立つ人物の跡取りであるから、下手に楯突くと私だけでなく他の皆にも危害が及ぶ可能性がある。過去に第3小隊所属だったサラーが陸将軍の子息に暴力未遂事件を起こしたときは子息側が複数人でサラーを暴行し、除隊処分にしようとしていたため大隊長殿に両成敗ということで無理矢理治めてもらったことがある。だが、そのせいで大隊長殿は陸将軍に大きな借りを作ってしまった。やはり、黙って言うことを聞くしかないのか......
と、私が反論できず黙っていると、大隊長殿が優しい声で話しかけてくる。
「ああ、すまない。君に当たっても仕方のないことだな......
さて、今日の話をしないとな。長話で少々時間が掛かってしまった重ねてすまない」
「いえ、その」
「1週間後に行われる大規模作戦についてだ。ここに今回行われた会議の資料がある。持っていくといい」
「はい。拝読します」
私は気を引き締めて大隊長殿から手渡された数枚の紙を受け取り、あまり時間をかけずにしっかりと読み込んでいった。
その紙には大隊補佐官殿が書いたと思しき筆跡で数日後に行われる大規模作戦の目的や各小隊の役割などについて書かれていた。
今回の作戦の大きな目的は昨今被害が拡大しつつある皇国南部の魔獣の巣窟があると思われる大森林に侵攻し、橋頭保となる新たな駐屯地を建設することである。
かなり無茶な作戦内容であるが、南部の魔獣被害は徐々に増え始め国民から不満の声が上がっていることは事実なので皇国軍陸戦隊上層部がこの作戦を立案したとのことだ。
第5大隊の総力をもってして挑まなければこちらが全滅しかねないほど危険な作戦であるため、今回の指揮は大隊長殿が直々に行うらしい。
私達第13小隊は第3小隊と第5小隊の3個小隊で後方部隊を編成し、駐屯地建設予定地が確保されるまでの間、境界線辺りに置かれる物資の荷物番をするとのこと。
第5小隊は分かるが、なぜ第3小隊が? と疑問に思ったが、陸将軍は子息を大事にしているため前線に送りたがらないという噂を思い出して納得するも、本人は物凄く好戦的というか野心的であるので少し不安に思ってしまった。
後方部隊の隊長は第5小隊隊長が務めるが、何の問題も無く任務が遂行できると思わないほうが良いだろう。
と、私はあらかた必要な部分を読み終え大隊長殿に紙を返そうとすると、彼が右手を上げて受け取りを拒否してから話し始める。
「ああそれと、読み終わったらきちんと倉庫へ廃棄しておくんだぞ。くれぐれも、あそこの物を勝手に持って行かないようにな。機密事項では無いとはいえ軍の物に手を出されては私が困るのでね」
「はい。申し訳ございません。罰なら隊長である私が......」
そうだ、大隊長殿は厳しく罰するつもりはないとは言ったが、罰しないとは言っていなかった、と私は思い出して急いで謝罪し、罰を受ける覚悟を決めていた。
大隊長殿は先ほどの態度とは打って変わって威厳ある声で少し微笑みながら話す。
「罰は大規模作戦の後に与える。だが、大規模作戦の働き次第である程度は減らそう。
ほら、もう行くといい。飯はまだなのだろう?」
「あ、ありがとうございます。
......それでは、失礼します」
なるほど、遠回しな資料の持ち出し許可はこれを廃棄する際に一緒にサラーが持ち出した紙を廃棄しろということだったのか、それに、これは......なんとしてでも任務を全うし生きて帰らねばならないな、と大隊長殿の考えを察した私は決意して資料を左手に抱え、司令室を出ようと彼に礼をしてから扉の方へ振り向き歩き出した。
そして、右手で握り玉を握って扉を開けようとしたときに大隊長殿から声がかかる。
「分かっていると思うが、大規模作戦が近い今の大隊内部の空気は最悪だ。私でも個人の行動は止められん。だから......あまり部屋から出るなよ?」
「......はい。ご戒告、ありがとうございます」
個々人の思想に関して大隊長でもどうにでもならないというのは理解している、だから、ここに向かう前に皆に部屋で待機を命じたが、隊員たちがそのことを理解してくれているかどうかは別だ、少なくとも私の指示は聞いてくれるから大丈夫だとは思う、それに、少し不安だがメリーナやサラーなら理解したうえで行動してくれるはずだ、それに、せいぜいが聞こえる程度の陰口を言うだけで進んで直接的なことは流石にしてこないだろう、と私はちょうど今朝に指示を出したところだったので、若干の不安を抱きつつも高を括りながら扉をくぐり、再度大隊長殿に礼をしてから扉を静かに閉じた。
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真面目な少女が出て行ってしばらくした司令室。
この部屋の主であるマクシミリアンは今日何度目になるか分からないため息を吐きながら扉に向かって話かけていた。
「いるならとっとと入ったらどうなんだ、ユイーザ?」
「あら、見つかってしまいましたか。
さすがは歴戦の軍人ですわね」
マクシミリアンが言うと、扉がゆっくりと開き、中から上級陸尉の襟章の付いた下級陸士の軍服を着て赤縁眼鏡をかけ、長い黄緑色の髪を三つ編みにした見た目20代の妖艶な女性が現れる。
「気配を消して最初から聞いていたくせによく言う。
茶化す暇があるなら要件をさっさと言ってくれ、ユイーザ大隊補佐官殿?」
悪戯っぽく笑うユイーザにマクシミリアンは疲れた顔を向けながら話を先へと促した。
あまり相手にされなかったことが気に入らなかったのか、納得いかないという顔をしたユイーザは先日マクシミリアンから命じられていた駐屯地の軍需品調査に関する報告書を彼に手渡す。
「はいはい。こちら、駐屯地にある現状の物資の調査報告書ですわ」
「早いな。もう調べたのか。
......はぁ、やはり武器や弾薬が少ないな」
軍需品に絞られているとはいえ、それなりに量のある物資を素早く調査してきたことに驚きながらマクシミリアンは受け取った報告書を読むと、ため息を吐いて愚痴をこぼした。
これに対してユイーザは同情するかのように近年の皇国情勢について語っていく
「枯渇はしていませんが、我が国の金属産出量は年々減ってきていますからね。それに、主要な軍需品は北部にある第1空戦大隊と第2陸戦大隊に回されますし、昨今の魔獣の襲撃による南部町村の復興と2年前の密売事件がありましたから上層部からの供給量は以前と比べてかなり少ないですわ。あと、国民への金属製品の規制法案も却下されましたし......」
「北部が落ちれば国が終わることを知らない人間は生まれたばかりの子供くらいだからな。余計な魔獣被害や物資の減少は一部の兵士がやらかしたせいでもあるのだが、それを止められなかった私の責任だ。いずれ責任を取らねばらなぬが、今は大規模作戦が近い。本当に皆には申し訳なく思うよ。
それに、つい最近でも一部の貴族が所有を禁止されている私兵を使って魔獣被害を出したばかりだ。そんな時に規制なんてしたら間違いなく暴動が起きるからな。色々と足りないだらけだが、西の帝国に頼るわけにはいかんしなぁ」
公共輸送機関として国営の乗り合い用大型車両や輸送専用車両はあるものの、一部の金持ちな商人ですら商売用でしか持っていない車両を自家用としていくつも持っている貴族からそんな法律が作られたら間違いなく革命が起こって国が亡びる、10年以上も前には軍用車両は要らないという暴動さえあった、軍が占有していた通信機器や魔力探知機などの民間でも転用可能で危険性の少ないと判断された魔術具の技術公開と一部流通の許可でなんとか治まったが、そんな当たり前なことすら忘れてしまったのか、とマクシミリアンは昨今の政界に呆れていた。
少々皇国やその周囲の話になるが、皇国はもともと金属産出量が多くなく、魔獣被害は北部のみであり自国のみでの対処が容易にできていた。
だが、徐々に北部以外に魔獣が出現し始め、現在は帝国との国境辺りである西部以外の辺境は常に魔獣の被害に怯えることとなった。
一方で、帝国は豊富な資源地と高い魔法技術力を保有しており、魔獣が攻めてくる前の時代では各国に侵略戦争を仕掛け、攻め滅ぼしたり併呑していたりしていた。
魔獣の登場により、帝国は国境付近の町や村を犠牲に専守防衛をするようになり、侵略戦争を仕掛けることは無くなった。だが、皇国が飛行魔術具や航空戦術を開発したことにより間者を皇国へ送るようになっていった。
人口が圧倒的に多く、膨大な魔力を保有する人間も多い帝国に皇国の飛行魔術具や航空戦術を伝えてしまえば間違いなく侵略戦争を開始し皇国はすぐに攻め滅ぼされるだろう。
帝国は現状の皇国に一部の資源を譲るという外交をしてきており、もちろん見返りは飛行魔術具の設計図や航空戦闘技術であるため、陛下が常に拒否しているが、いつまで持つのやら。
という複雑な事情をマクシミリアンが思い出していると、ユイーザがため息を吐いて話始める。
「最近の陸戦隊の戦闘方法も関係してますからね。武器の損耗率は年々増えていく一方ですわ」
ユイーザの言う最近の陸戦隊の戦闘方法とは、自身の魔力を銃器に付与して内部の弾薬を無理矢理暴発させて通常の倍以上の威力で弾丸を放出する魔撃と呼ばれている方法である。
魔撃は、自身の保有する魔力を効率よく循環させることで骨や血管、臓器などを保護し肉体の物理的な制限を解除する身体強化魔術の要領で、銃器に己の魔力を流し込み、弾薬の暴発を耐えさせるという技なのだが、未熟者が使えば1発撃つだけで銃器が壊れてしまう戦闘時に使うには大変危険なものである。
身体強化は自己の魔力を自己の体内の循環でしか使わないため疲労程度で済むが、銃器への付与は、その後は魔力が空気中に霧散してしまうため、ある程度の魔力が無ければ行うことができない。
しかも、魔力の回復は疲労回復よりも時間が掛かるため、長期的な戦闘に向かない。
「あんな方法に頼りきるとは、本当に情けない。あんなものに頼らずとも肉体を鍛え、近接戦闘の技術を磨けば良いというのに」
マクシミリアンは銃器の使用は最低限にし戦闘用小刀と近接戦闘技術で魔獣を倒していた自分達が前線で戦っていた時代を思い出して苦言を呈していた。
これに対してユイーザが少し笑いながらマクシミリアンを諭すように話す。
「まあ、鍛錬や戦闘技術の向上は時間が掛かりますし、効果が保障されませんからね。平均以上の魔力量とある程度の操作技術さえあれば簡単に出来てしまう、あの方法に頼ってしまうのも頷けます。それに、戦果は劇的に上がっていますし」
「その結果、武器の損耗率も上がっているのは何とも言えんな。魔獣を1体討伐するのに銃を1丁破壊しては元も子もないだろう」
「一応、研究開発部が必死になって強化武器の開発をしているようですが、成果は芳しくないようですわ。新型擲弾は成功したみたいですけど」
確かに、百人に訓練を施して百人全員が満足のいく結果が出るとは限らないし、戦場から五体満足で生きて帰ってくるとも限らない、であるからこそ、魔力量の有無のみで兵士の優劣を決めつけるのも間違いなのだ、とマクシミリアンは考えていた。
ユイーザとの話し合いをある程度行ったあと、しばらく無言の時間が流れる。そして、マクシミリアンは静かな室内でゆっくりと独り言のようにつぶやく。
「魔獣を殲滅するのが先か、物資が尽きるのが先か」
「そのための大規模作戦、それと新型擲弾の試験投入ですか......」
「あんなもの、空戦隊の連中にやらせればよいものを何故こちらがやらねばならんのだ」
「空戦隊からの慈悲、ということになっているらしいですわよ」
「体のいい実験動物だな」
ユイーザの発言は第3級機密事項なので大隊所属の小隊長以下や下級陸士未満の人間が聞いていると不味いのだが、色々と疲れているマクシミリアンは特に咎めることもなく彼女の言葉に便乗して新たな愚痴をつらつらとこぼしていく。
「高潔で勇敢な兵ほど先に死に、卑怯で怯懦な兵ばかりが生き残る。そのくせ、口だけは一丁前ときたもんだ。挙句の果てに、上層部は入隊希望者を魔力量のみでふるいにかけようとする始末。はあ、まるで腐った林檎のように腐敗していく、いや、それ以前の組織、か......
まったく、色々と厄介な問題だよ。魔力至上主義は」
空を飛ぶほどの魔力が無くても平均以上の魔力があれば銃の暴発により多くの魔獣を狩れる、と思い込み、自然と魔力至上主義に染まっていき鍛錬を怠る隊員たちや恐ろしいほど愚かな入隊募集の広報紙を見てきたマクシミリアンは自身では止められない流れとこの先に待ち受けるであろう皇国の未来を思い、しばらく哀愁に浸っていた。
そして、ふとさっきまでいた真面目な少女と彼女が率いる魔力が極端に低い少女たちのことを思い浮かべる。
「彼女たちはよくやっている。フィンの坊主の教育と彼女自身の努力の成果か、あのヨーナスの小僧に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいな......
武器が強化されようがそれを扱う人間が強くなければ意味は無い。数年経てば彼女たちはこの大隊で最強の小隊となるであろう。それまで彼女たちが無事に生き残り、結果を出してくれれば軍どころか国が変わるかもしれん。
だが、あんな幼気な少女たちに頼らざるを得ないというのは、大人として情けなくなるな......」
「せめて、平穏無事に、そして、幸せに暮らしてほしいものですね......」
「ああ、その通りだ、まったく。
......君はいつも通りに見回りでもするのか?」
「ええ、手出しはできなくても最低限の秩序は保ちませんと」
魔力至上主義が少しでも無くなれば、彼女たちも少しは幸せに生きることができるだろう、そう思うマクシミリアンは部屋を出ていくユイーザを笑顔で見送った。
「私にもう少し権力があればな......
貴族は面倒だからと家督を弟に投げつけ、軍事にかまけていた付けが回って来た、か。まさか、貴族社会から逃げてきたことを後悔する日が来るとは思わなんだ。
いや、私が政治的力を得たとしてもこの流れを変えるどころか止めることすらできないだろう。
本当に......私は碌な死に方をしないだろうな。
だから......せめて」
そして、誰もいなくなり、話を聞く者がいなくなった司令室でマクシミリアンは悲しく独り言をつぶやいた。