落ちこぼれ小隊2
「ふあぁぁっっ。あー、よく寝たあぁ。でも眠いっす!」
明るく元気な声が寝室から聞こえてきたと思いきやゴソゴソと大きな物音が聞こえ始め、その後音が聞こえなくなると今度はドッタドッタという荒々しい足音がこちらに近づいてくるように次第に大きく聞こえ始めた。
そして、バンッと勢いよく音を立てながら扉が開いて、寝室から一等陸兵の襟章がついた軍服の上2つの釦をしっかり留めることなく、中に着ている薄黄色い肌着と認識票が見えた状態という、だらしない格好をした短い薄茶色の髪がボサボサにはねている頭を右手で雑に整えようとしつつ、まだ眠いのか金色の眼に涙を少しためた状態で左手でお腹をかきながらやってきたヴァネッサが会議室に人がいることを確認せずただ反射的に、かつ、適当にあいさつしながら現れる。
「っはよーございまー......あ、たいちょー、ふくちょー、エマ、起きてたんすか。てか、何してんすか、朝っぱらから。
もしかして、大規模作戦についての作戦会議っすか? 狡いっすよ! 俺も混ぜてくださいっす!」
挨拶を言い切る前に目の前の卓に着いている私達に気づいたヴァネッサが挨拶を途中でやめて私達がそこそこ前から起きていたことを察し、何をしていたのかを質問した。
「おはよう、ヴァネッサ。少し早く起きてしまったから暇つぶしに軽く話をしていただけだよ」
「おはようございます、ヴァネッサ。
あなた、今まで何度も言っていますが、階級が上の人間に対する態度がなっていないですわ。いい加減覚えてくださいな。
それと、エレナ隊長の前でだらしない格好でお腹をポリポリとかかないでください、はしたないですわ」
「ヴァネッサ......お姉ちゃん......おはよう......ございます......」
そんなヴァネッサに私とメリーナ、エミリーがそれぞれ挨拶や言葉を返すと、エミリーの挨拶を聞いたヴァネッサが目を輝かせてメリーナの小言を無視して一瞬で座っているエミリーに近づきガバッと背後から抱き着いてから左腕で彼女の首をガッチリと固定し右手で彼女の頭をワシャワシャと雑に撫でくりまわし始める。
「ああぁぁ、エマちゃん、おはよおぉ~。今日もちゃんと挨拶できて偉いねぇ~。偉い子には俺が頭なでなでしてあげるからね~、よ~しよしよし」
「やめ......痛......苦し」
ああうん、ヴァネッサはいつも通りで安心するな、エミリーとイザベラ限定ではあるが、と私が呑気なことを思っている間に綺麗に整っていた髪がボサボサになりつつあるエミリーが無表情ながら苦しそうにしていた。
「ちょっと、聞いてますの?!」
「まあまあ、メリーナ。私達以外に誰もいないのだから少しくらいは多めに見てやってくれ。
それと、ヴァネッサ。もう少し優しくしてやれ。エミリーが痛そうにしている。あと、メリーナの言うことも少しは聞くようにな」
そして、ヴァネッサの行動を見たメリーナは自分の話を微塵も聞いていないヴァネッサに腹を立たせ、席から立ち上がろうとしていた。
なので、私は急いで席から立ち上がりメリーナに落ち着くよう彼女の右肩に左手を置いて席に座らせつつ言い、ヴァネッサにもエミリーのことを考えてあげるように右手で左肩を掴んでエミリーから引き離しながら言った。
すると、メリーナがため息を吐きながら不承不承といった様子で矛を収める。
「はあ、分かりましたわ、エレナ隊長。ですが、ヴァネッサにはもう少しここの隊員としての気品を持って欲しいのですわ。でないと小隊はもちろん、エレナ隊長の――」
「分っかりました、たいちょー、ふくちょー! 気品を持ってエマをもう少し優しく撫でますっ!
気品を持って~。気品を持って~」
「違う......ヴァネッサお姉ちゃん......そうじゃない......」
せめてこれだけは聞いてほしい、というメリーナの願いが叶うことなく彼女の言葉をぶった切って右手で雑な敬礼をとったヴァネッサは私とメリーナの言うことを早速実践してみるが、やっていることがさっきとあまり変わっていなかった。
そして、エミリーが堪らず撫でくりまわされながらつっこみを入れるが、ヴァネッサはエミリーの言葉が聞こえていないのか、ただひたすらに言われたことを呟きながら繰り返すようにエミリーを撫でまわしていた。
「はよ~。ってあらら、何やら取り込み中の様子ですね~」
どう、収拾をつけたものか、と私が悩んでいると、いつの間にか私の背後から私の両肩に両手を置きながら左側へひょっこり現れた一等陸兵の襟章がついた軍服の釦を全て留めず中に着る水色の肌着と認識票を露出させて肩まで伸びた緑色の髪を少しはねらせ、灰色の眼を左右にキョロキョロと動かしながらサラーが挨拶をしてきた。
「むむ? たいちょーサン、なんだかお疲れのご様子~。昨晩はよく眠っていたはずですが大丈夫ですか~?」
「おや、サラーじゃないか。おはよう。別に疲れているわけではないのだが。
っとその前に、深夜での一件はつい先ほどメリーナから聞いている。流石に今回は私でも擁護はできないな。報告が済み次第、あとで説教だからな」
「えぇ~っ? メリナ、たいちょーサンに告げ口したの~? ひど~い、内緒にしてって僕言ったのに~」
もみもみと私の肩を揉み始めたサラーに私は、皆には気づかれないように表情に出さないようにしていたつもりだったのだがサラーには下手な隠し事ができないな、それに彼女の揉み治療は効果があるんだよな......いかんいかん、絆されるところだった、と昨夜見た不思議な夢からくる不安感について思考の隅に追いやりつつ、肩揉みの気持ち良さを感じながら情けをかけまいと昨夜のことについて咎めた。すると、サラーは私の肩を揉みながらメリーナに顔を向けてわざとらしく頬を膨らませて文句を言う。
「そんな約束はしていませんわ。それと、私の名前を許可なく変に略さないでくださいまし。そもそも、あなたが勝手に名前を略して呼び始めたから他の隊員が真似をして――」
「まあまあ、メリーナ。隊員達の繋がりを強化するのは隊での連携に役立つ。そのための愛称呼びは良いと私は思ってるよ」
メリーナがサラー文句に対して反論をし、次に名前の呼び方について文句を言い始めたので私は話が逸れると判断してその話を終わらせようと自論を絡ませつつ介入した。
しかし、これで話が終わるかと思いきや、メリーナが私に要望を言ってきた。
「では、エレナ隊長はあたしのことをメリナと呼んでくれますの?」
「いや、すまない。こればかりは隊長として明確な線引きをしなくてはいけない。隊員同士ならば問題無いが、隊長が隊員を気安く扱うのはどうかと思うんだ」
隊長として隊員の望みはできる限り叶えてやりたいところだが、どうしても譲れない部分はある。なので、私は心苦しくもメリーナの要望を即座に却下するのであった。
「分かってはいましたが、こう、面と向かって言い切るのはさすがに容赦がなさ過ぎて酷いと思いますわ。あんまりですわ」
「ぶーぶー。メリナばかりたいちょーサンとイチャついててズルいと思いま~す。
というわけで、たいちょーサンは私のことをサラって呼んでいいんですよ~?」
「い、イチャついてなんかいませんわ。そ、そんなことより、あなたはきちんと反省しているんですの?
というより、エレナ隊長から離れなさいな!」
そんな私とメリーナのやりとりにサラーが茶々を入れ始め、私の頬に自身の頬を擦り当てたり首辺りを嗅いだりしながら気軽に呼んでほしいと言ってきた。
なぜサラーはこうもベタベタくっついてくるんだ、というか、彼女は本当に反省しているのだろうか、と私がサラーの態度を見て疑問に思っているとメリーナも同じように思ったらしく、メリーナは席から立ち上がり私に引っ付いているサラーを引きはがしながら彼女に問い詰めた。
するとサラーは迷惑そうな顔をして手をヒラヒラさせながら反論する。
「してるって、も~、メリナはうるさいなぁ」
「サラー、流石にその態度は良くないな。今回はイザベラも巻き込んだからきちんと反省するんだ。流石に私達に支給されている支援車の中にあった照明器具を持ち出すのはやり過ぎだ」
「は~い。反省してま~す。
......あの連中が笊警備なのがいけないんだもん」
この二人はいつも言い争っているような気がするな、少しくらい仲良くしたほうが良いと思うが、と思いつつサラーの発言を聞いた私は、そもそも謝罪の言葉すら無かったではないか、と未だに反省している様子のないサラーに、ここでちゃんと咎めねば小隊全体に影響が出る恐れがあると考えて、彼女の昨夜の行動について少し怒気を込めて叱った。
そして、サラーが一応の反省の意を示したところを確認してから、私は彼女が最初に挨拶をしたころからずっと寝室の扉の陰からコッソリと様子をうかがっていた人物に声をかける。
「......さて、イザベラ。起きているんだろ? 怒っていないからいい加減こっちに来なさい」
「あぅ......エレナお姉ちゃん......その......ごめんなさい」
謝りながら扉の陰から恐る恐るといった様子で出てきたイザベラの涙を溜めている薄黄色の眼を見てしまい、私は少しだけ心が揺さぶられてしまった。そして、耐えきれず目を下へそらしてしまい私は彼女の軍服を見たのだが、よくよく見てみるとと釦を掛け違えていた。
駄目だ、これは私には効きすぎる、とイザベラの様子を見てすっかり怒気が抜けてしまった私はサラーをこれ以上叱るのは止めて、泣き出しそうなイザベラをあやそうと優しく声をかけようとする。
私の説教から解放されたサラーは少し不機嫌そうに私の座っていた隊長席に座ろうとするがメリーナに肩を強く掴まれるように捕まり、そのまま向かい側の空いてる席に無理矢理座らされて彼女から説教をされていた。時折、サラーから助けを求めるかのように瞳を潤わせた顔を向けられていたが私は無視してイザベラに集中した。
「いいか、イザベラ。どんなに見知った相手でもただ言うことに従うだけじゃダメだぞ。
サラーから一人でいるのは寂しいから一緒に遊ぼうと誘われてエミリーの制止を聞かずに遊び、支援車の鍵を渡すよう言われてそのまま渡してしまったんだろ?」
「うん......その通りなの。
でも、ちゃんとエマお姉ちゃんを説得したし、サラーお姉ちゃんに理由は聞いたよ? そしたらサラーお姉ちゃんが車内に忘れ物したからって言ってて、でもその後灯りを持ってきた時はおかしいなと思ったけど明るい方が楽しいからって......」
「サラー、あなたイザベラに何度嘘をつくのですか?!」
「いや~。あまりにもイザベラが純粋だからつい調子に乗っちゃって~」
私はイザベラを安心させるために今までの情報とサラーがやりそうなことをふまえた予想を言うと、どうやら大当たりだったらしく、イザベラは驚いた顔をして当時の心境やサラーの言動などを私に教えてくれた。
なんで当たるのかな、少しは外れてほしかった、と悲しくなっている私をよそに、イザベラの言葉を聞いてサラーへ説教中だったメリーナは信じられないといった顔をしてサラーを非難するが、サラーはイタズラが過ぎて怒られた子供のような反応をしていた。
二人のやりとりを聞いていた私は呆れながらため息をつき、今回のサラーの行動を反面教師として精神的にまだ幼いイザベラの教育に利用した。
「はあ、分かったか、イザベラ? 相手をしっかり見てから考えることはとても大事なことなんだ。
......ああ、泣くな泣くな。さっきも言ったが怒ってるんじゃないんだ。次からは気をつけるようにという話だよ」
丁寧に教えようとしたらイザベラにとって私がかなり怒っていると勘違いしたらしく、また泣きそうになったので私は慌てて弁明しつつ結論を大雑把に言った。
「うん。イザベラ。次から気をつける!
それとエマお姉ちゃん。ごめんなさい。イザベラのせいで迷惑かけちゃって......」
やっと落ち着きを取り戻したイザベラは私に元気な返事をしてから、私の後ろで未だにヴァネッサに撫でまわされている今回の一件で一番の被害者と思えるエミリーのところへ向かって行き、頭をしっかり下げて謝罪をする。
「イーザ......気にしなくて......いい......」
「ちゃんと謝れるイーザちゃんは偉いっすね。偉い子は俺がなでなでしてあげるからこっちおいでっす。そして、受け入れた心の広いエマちゃんにももっとなでなでしてあげるっす」
「イーザ......来ては......駄目......」
「ヴァネッサお姉ちゃん。エマお姉ちゃんが苦しそうだよぉ......」
まだやってたのか、私がドン引きしている間に、イザベラとエミリーのやりとりを見ていたヴァネッサはたいへん感激したらしく、イザベラの頭を撫でようと彼女を手招きするが、エミリーが無表情ながら必死にイザベラを守ろうと声を上げていた。当のイザベラはヴァネッサと一定の距離を保ちつつ彼女の雑な撫でまわしの被害を受けているエミリーをどうやって救出しようかオドオドしながらエミリーの心配をしていた。
会議室が説教と撫でまわしと心配な視線で混沌と化しているので、私はこれから全体の話をする前に一度場を整えるために大きく咳払いをする。
「ゴホンッ。まあ色々とあったが、これで全員揃ったな。
皆んな、聞いてくれ。このあと私は司令室へ定時連絡を受け取りに向かう。その後は食堂で全員分の三合飯を受け取ってからこちらへ戻る。
それまで部屋の清掃をすること。用もなく部屋の外には出るなよ。敷布の交換やごみ出しは問題ないが、寄り道せず走らず素早く済ませて帰ってくるんだぞ。
では行ってくるが、その前に、サラー、ヴァネッサ、イザベラはきちんと身だしなみを整えておけ。メリーナとエミリー、悪いが手伝ってやってくれ」
「はい。分かりましたわ」
「分かった......」
「え~。この服、着づらいんだよね~」
「俺の格好、変っすか?」
「え? イザベラ、今日はちゃんと一人でできたもん。どこもおかしくないよ?」
伝えるべきことを伝え、隊長席の向かい側にある扉へ向かい部屋を出ようとするが、先ほど身だしなみを指摘した3人から聞こえてきた返答に私は一瞬盛大なため息をつきそうになるのをなんとか堪え、物音や怒鳴り声が聞こえてくる中、絶対に背後を振り向かないように扉を開けて部屋を出て行った。