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特別徴収リスト


 4月12日。


「高旗ぁ。また違う事業所登録になってるの見落としてる。特徴リスト良く見ろ」


「え? またスか」


「それはこっちの台詞だ」


「システムがポンコツなんじゃないスか」


「ポンコツのお前が何をぬかす。結局は人の手で登録ミスってるんだ」


「大体、事業所が違うくらい平気なんじゃないスか、課税ミスでもあるまいし」


「アホか、最もヤベーわ。特別徴収はな、市民が勤める会社に課税情報を送って税金を天引きして貰ってるんだよ。そこに全く関係のない市民の個人情報送ってみろ。その人の住所から年収まで全部載ってるんだぞ、新聞沙汰の大問題だろ。このリストはな、万が一すらあってはならない超大事なリストなんだよ」


「にしたって、もうちょっと余裕あって良いんじゃないッスか? 小浮気さんみたいに」


「住民税はね、その年度の課税が6月から始まるから5月中には課税情報を事業所に送ってないといけないの。だからデータの締め日が普通徴収よりも早いの」


「うえぇ……この量、また今週も残業確定じゃねーッスか」


「仕方ないの」


「頭おかしくなんねーッスか」


「初めから頭おかしい高旗が何を言う」


「俺の何処が頭おかしいッスか」


「おかしいだろ。その、先週のアレとか……」


「アレ? ああ、舞さんに告ったことスか?」


「ちょっ! 待てっ!」


 ガバァっ! と向かいから黒い影が立ち上がったかと思えばそれは彩だった。


「なになに!? 何の話? 気になるぅ」


「あああ彩さん。なな何でも無いですって」


「わくわく。わくわく」


「彩さん、もの凄く悪い顔してますって……」


「え~どうしようかな~。聞こえた通りにみんなに言ってみようかな~? チラッ?」


「うううう……」


「あ、そうだ。ちょっとお手洗いに行ってこようっと」


 そう残し、彩は嬉々として席を離れた。


「舞さん、あれはついて来いって意味ッスよ?」


「知っとるわ!」




 自販機横のベンチに並んで腰掛け、彩は舞に迫った。


「ホント? ねぇ舞ちゃんホント?」


「本当ですけど、絶対内緒でお願いしますよ~。もう被害者みたいなものですよ」


「解る~。好きでもない男から言われたって逆に迷惑みたいな」


「それです!」


「でも内心はちょっとは承認欲求満たされるような部分もあるよね~、嫌なのに」


「それも全く無いんですよね。なのでゼロコンマ1秒で断りましたよ」


「あら~、本当に脈なしね~。でも待って。ほら、この間だって自分が悪く言われても女の子を庇う男気のある子だって解ったじゃない。今時珍しいんじゃないの、あんな風に言える男の子。高旗くん、案外良い男になるかも知れないわよ?」


「ええ~? だったら最初から素敵な人が良いです」


「解ってないなぁ。男は育てた方が良いって」


「だからって流石にアレは厳しいです」


「それともなに? 舞ちゃん好きな人、いるの?」


「え、いや、その……う~ん」


「な~んてね。もうバレバレだよ? 舞ちゃんが好きな人は納税課の……」


 と彩が言い掛けたところで現れたのは納税課の高橋正義だった。


「あれ、二人ともこんな所で何してんの?」


 途端に彩は悪い顔になった。


「あ、正義さん。ちょっと彩さんと休憩中です。正義さんは今からお出掛けですか?」


「税務署までね。こないだ所得税の還付金を差押したんだけど、ちょっとその件で。税務課の方でも何か用事があるならついでに行ってくるよ?」


「ホントですか? 実は間違ってウチに郵送されてきた確定申告書を……いたたっ! ちょっと彩さん何するんですか?」


「そんなことより正義さん。実は先週、舞ちゃんがとある人に告白されちゃって相談に乗ってたところなんですよ」


「うわわわわっ! 彩さん、さっき内緒にって言ったばっかりなのに!」


「へぇ~。舞ちゃん相変わらずモテるね~」


「あら? 正義さん、相変わらずって、舞ちゃんが他に誰かから好かれてるの知ってるんですか?」


「ん? ああ、昔ちょっと青年女性部の他市交流でね。他の市の職員からかなりお声が掛かってたみたいだからさ」


「あ、あの時は本当に有難うございました。私ああ言うの慣れてなくて、助かりました」


「あれ、舞ちゃんから聞いたことあるかも。もしかしてウザ絡みされてたのを助けた的なやつですか?」


「そんな大袈裟なものじゃないよ」


「あらぁ、カッコ良いじゃないですか。……そう言えば正義さん、失礼ですけど、お付き合いされている女性とか、いらっしゃるんですか?」


「それがいないんだよねぇ。誰か良い人いない?」


 彩はドンと舞の背中を叩いた。


「だったら、この子が良いですよ」


「ちょちょちょ彩さん、何を!?」


 焦る舞とは対照的に正義は動じる様子も無かった。


「あはは。それは俺としては嬉しいけど、舞ちゃんならもっと良い男性いるだろ」


「お、お願いひまひゅ!」


「「え?」」


「え、いや、その……噛んだ……」


 舞は真っ赤になって顔を伏せた。察した彩が必死に取り繕うよう代わりに声を発した。


「あ。もしかして、正義さんに合コンのセッティングとかお願いします、ってこと?」


 コクコクコク……舞は頷いた。


「ああ、そういうこと? なら俺も願ったりだけど……。一応今仕事中だしな」


「あ。ならお二人はお互いの連絡先は知ってるんですか?」


「あ~、そう言われてみれば俺は知らないかも」


「なら是非ここで交換しないと!」


「そうだね。折角だし、舞ちゃん教えてもらえる?」


「は、はい。どうぞ」


 舞と正義は互いに連絡先を登録した。


「さて、と。じゃあ俺そろそろ行こうかな。ちゃんと税務課に寄って確定申告書は持って行くからね」


「あ、ありがとうございます」


 舞はペコリと頭を下げて立ち去る正義を見ていた。




「舞ちゃんアウト」


「解ってます。言わないでください」


「正義さんは真面目に仕事するタイプなんだからさ、流石にタイミング的にまずい」


「だって俺としては嬉しいって言ってくれたから、今なら行けるかもって思ったら何か舞い上がって頭の中真っ白になっちゃって……」


「……それは社交辞令」


「ですよね~……」


「咄嗟に合コンってことで誤魔化してはみたけど、苦しいかなあ。今のは完全に好きバレした感じよね。正義さん、人を良く見る仕事だし」


「高旗のこと笑えないな、死にたい……」


 その時、舞の携帯が鳴った。


「あ、さっそく正義さんだ」


「ホント? なになに?」


「今度ご飯行こう。うそ、やった」


「あら。正義さんデキるな~。これ多分誘ってもらえるって。舞ちゃんからも言いやすい」


「彩さんありがとうございます~。まさかこんなことになるなんて」


「感謝してよ? 私の立ち回りに」


「あああ……今日はもう仕事できない~」


「困ったわね。ポンコツが増えちゃった」




 二人が職場に戻ると、そこでは当然のように高旗が大きな欠伸をしていた。


「お、お二人さん。長いウンコでしたね」


「「クソが」」


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