一本化
4月9日
「舞さん、今日って一本化ッスよね」
「そうだね」
「一本化って何スか?」
「簡単に言えば、給報や年報、確定申告書等のデータをまとめて、一つの課税データを作成する作業だよ」
※給与支払報告書
事業者が従業員に発行する源泉徴収票と同じ内容で、事業所から市区町村に提出されるもの。誰に幾ら給与が払われたかを把握し、住民税等の算定に使用される。給報と略され、これの年金バージョンが年報と呼ばれる。
「でも、今も色々とデータ入力してるッスよね? それじゃ駄目なんスか」
「一本化の前にデータ入力しているシステムは受付システム。他にも不動産所得とか雑所得とか、膨大な量の資料が来るでしょ? だから今は受付システムに取り敢えず放り込んでる感じなの」
「んじゃあ、他のシステムもあるんスか?」
「課税システムね。受付システムに入力された資料はバラバラだから、一本化して課税システムに流すの。これが個人宛ての納税通知書の基になる」
「え? でも今日で資料の受付が終わる訳じゃないッスよね? 後から来た資料は捨てても良いッスか?」
「良い訳ないでしょ。でも、一本化以降は一つの資料でも課税システムに登録された全ての情報に注意して処理する必要があるから、今日入力するのと、明日以降に入力するのでは手間が段違いなの」
「ん〜、要するに後回しにするとメンドクセーから、今ある資料は今日までに処理するんスね」
「そゆこと」
「じゃあなんでそんな大事な日に飲み会なんスか? このところ毎日残業が続いてるのに、大丈夫なんスか?」
「まぁ高旗に心配されるようじゃ終わってるよね」
「終わってないッスよ。俺、まだこんなに仕事残ってるのに」
「意味が違げー。でも大丈夫。なんかもう高旗の仕事の遅さには慣れた。想定の範囲内だから」
「舞さんカッケー」
「ほら少し仕事よこしなよ。手伝うから」
「マジッスか。よっしゃ、これで光が見えて来たッス。飲み会までに間に合う!」
「心配してたのそこか~」
「だって、今日は歓送迎会ッスよ? 俺、主役じゃないスか。盛り上げるッスよ!」
「そう言うのだけは得意そうだよね~」
「仕事以外なら任せてくださいッス」
「流石のポンコツだね。仕事しろ!」
「ハイッス!」
カタカタカタ…… ッターン!
「やったか!?」
「……高旗に私の不安が解るかな?」
「舞さんが何言ってんのか解んねッスけど、俺、バッチリ終わりましたよ! いや~定時ギリギリ間に合って良かったッス」
「良かったね。じゃあ確認するからリスト貸してくれる?」
「ハイッス!」
高旗からリストを預かり舞は確認を始める。
「ところでさっきの、何でこんな大事な日に飲み会なんスか?」
「ああ、一本化の処理中は一時システムを凍結するからね、処理には時間かかるし、仕事が出来ないから今日は束の間の休息日みたいなものなの。税務課のこの時期は毎日残業だから歓送迎会も出来ないでしょ? だから毎年この日を狙って異動した人の歓送迎会をやってるのよ」
「へえー。なんか公務員の仕事しない言い訳みたいッスね」
「高旗には言われたくないな」
そうして会話を続けながらも、確認作業を続ける舞の顔色は次第に青くなっていった。
「なん……だと……」
「どうしたッスか舞さん」
「高旗、これ、更新ボタンちゃんと押してから次の処理をしたのかな?」
「ん? 良く解らねッス」
「これ……全部、登録されてないんだけど……?」
「え? 一体誰がそんなことを」
「お前だよ」
「マジッスか? 記憶にございませんッス」
「うう……泣きたい……」
舞は脱力して机に伏した。そこへ対面から彩が顔を出す。
「なになに? 何か問題?」
「俺が舞さん泣かせたッス」
「あらあら、二人はいつからそんな関係に?」
「彩さん冗談じゃないですってば。実は、ポンポンコツコツなんです」
彩の顔色も青くなった。
「あ……うん。頑張ろうね。残念だけど、今日の歓送迎会は諦めましょう」
「え? マジスか、そんな事態なんスか? ……俺のせいなんスか?」
「「そうだね?」」
「もしかして俺、今日ウェーイできないッスか?」
「そこはまあ、高旗の責任感次第だと言っておく」
「……参ったな、逃げらんねッスか」
「逃げる気だったんか」
「いや、それは、まあ……はあ。解ったッス。舞さん泣かせた責任は取るッス」
「言い方は気に入らんが……ま、高旗にしては妥当な判断だな」
「舞ちゃん、私にも手伝えることある?」
「彩さんありがとうございます。でも大丈夫です。私には教育係としての責任もありますから」
「でも……」
「お気持ちは有り難く頂きます。でも、彩さんは普通徴収担当だし、特別徴収担当の仕事は私達だけで何とかします。大丈夫、私ももう税務課3年目ですよ? それに、彩さんには今日の飲み会、大事な目的がありますよね? 資産税係の喜屋武さんと宇佐美さんの怪しい関係を今度こそ暴いてやるんだーって言ってたじゃないですか」
「うう~ん……」
「すみませんが、そう言う訳で高旗はコキ使わせて頂きますので、みなさんには歓送迎会欠席の旨、よろしくお伝えください」
「……本当に大丈夫なの?」
「はい!」
「……ごめんね。落ち着いたら、改めてみんなでご飯行こうね」
「そうですね」
定時を終えて課内の職員が歓送迎会に向かってからも、舞と高旗は仕事に集中していた。
「舞さん、すいません。本当は俺が一人でやるべきなのに」
「お、何? その真面目口調は。流石にへこたれた?」
「そッスね。流石に取り残されたみたいになると、やらかしたなって思います」
「もう飲み会終わった頃かな」
「すみません、付き合ってもらっちゃって」
「いいよ。それに高旗一人残っても一本化のバッチ処理、出来ないでしょ?」
「はい。でも、次はこうならないよう、ちゃんと覚えますから」
「いつになく真面目だな」
「そりゃあ堪えますよ。舞さんに凄く迷惑かけちゃいましたからね」
「ま、今日のところは良いよ。それに私、本当はあんまり飲み会好きじゃないしね」
高旗は苦笑いで応えた。
「さて、と。こっちは終わった。そっちは?」
「ちょうど終わりました。確認をお願いします」
「はいよ」
舞は確認を進めた。
「おっけ。じゃあ一本化のバッチ処理するよ。良く見ておいて」
「はい」
そうしてシステム操作の説明を交えながら舞は作業を終えた。
「さ、もう遅いし帰ろっか」
そう職場を出て、後をついて来る高旗の方へ振り返って舞は言った。
「今日やった一本化は年に一回の処理だから、良く覚えて置くように」
「はい。絶対に忘れません。舞さんがこんな俺のために嫌な顔せず付き合ってくれたこと」
「何なんだ、その変な言い回しは。さっきから元気なくて調子狂うな。明るく楽しく前向きに、ATMじゃなかったのか? あ~。……なんだ、そう言えばフラれたばっかなんだっけ。ごめんごめん、何ならメシでも食って帰るか、奢ってやるからさ」
「アザッス」
「じゃあ行くか」
「その前に、イッコだけ良いスか?」
「ん? なに?」
「どうやら俺、舞さんのこと好きになっちゃったんスけど」
「超お断り」