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105.幸せを奪われた復讐を

 復讐の準備を終えた僕は、長兄にとって目障りな存在だっただろう。側妃の息子で何番目か数えるのも忘れるほど下の継承権しか持たない、なのに教師たちが挙って教えたがる優秀な子ども。目立たないようにする方が賢いのはわかっていた。


 完全に力を蓄えるまで、頭角を現さず隠れて過ごす。簡単なことだ。それをしなかったのは、長兄のお粗末な頭の出来を知ったから。見栄と欲、傲慢な選民意識が肥大したあの男なら、自分より優秀な弟を潰しにかかる。その瞬間を返り討ちにするつもりだった。


 毎日、日付を数えながら過ごす。マルグレッドを奪われてからの日々は、僕にとって地獄と変わらなかった。愛情を注いでくれるのは、乳兄弟であるニルスだけ。僕を温めてくれるのも、彼しかいなかった。


 胸元にいつも入れる懐中時計は、正確に時間を刻む。美しい装飾が施された時計の蓋を指先でなぞるのが、気づけば日課になっていた。何度か殺されかける中で僕は、有能な双子の騎士候補生を味方につけることに成功した。


 あの日、ニルスは家族に会いに出かけ不在だった。窓際のソファに腰掛け、僕は本を読む。その足元とソファの背もたれに短剣を隠して。今日は来るだろう。そのために昨日、教師達に言ってやった。


「皇太子殿下の許可があれば」


 帝国最高峰の学院へ、飛び級で入学するよう勧める教授は喜んだ。何度も跳ね除けた要望が通る、そう考えて皇太子の許可を得に行ったはず。虐げる対象としか思っていない弟が、自分より優秀と判断されれば……必ず殺しに来る。双子が訓練でいない時間、僕が部屋に残ることを知れば……。


 いま殺さなくては、学院で僕が成績を残したら皇帝に知られる。皇太子の地位は生まれた順番と皇妃の地位で与えられたものだった。優秀な皇子がいれば、いつでも揺らぐ程度の不安定な椅子に過ぎない。長兄はそれをよく知っていた。


 ノックもせず開く扉、夢中になった風を装い反応しない僕。ソファの陰で背もたれの短剣を抜く。少し視線を上げれば、正面の窓ガラスに長兄の姿が映った。さすがに弟を殺す場に、側近は伴わなかったらしい。本を読むフリでページを捲る。乾いた紙の音が響き、長兄が剣を振り上げた。


 転がるようにして避けた僕がいた場所を、剣が切り裂く。


「くそっ」


 互いに護衛はいない。ならば自力で排除するだけ。ソファを押して兄にぶつけ、よろけたところに飛び掛かる。右手の短剣を引き寄せ、体重を掛けて突き刺した。喉を裂く嫌な感触と、ぬるりとした血の温かさ。鉄錆た独特の臭いに顔を顰める。初めて自分の手で人を殺した。


 震えながら身を起こした僕は知らない。人間はそう簡単に死なないということを。後ろで身を起こす兄が、その手に握る剣が僕を狙っていたなんて。かたりと音がして振り返った僕は、真っ直ぐに胸を狙う長兄の剣で吹き飛ばされた。


「うっ……」


 激痛が走り、呼吸すら苦しい。ああ、死ぬのか。そう思ったらおかしくなった。この人生に意味なんてあったのか? 僕のせいでマルグレッドを不幸にして、ニルスから母を奪った。この場で死ぬくらいなら、最初から生まれなければよかったのに。


 呪うように考える僕は、そこで意識を失った。

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