08-04
ひと通り笑いが収まり、夜の静寂は再び訪れる。サラは深いため息をつく。
「...私もコノエさんみたいな人が近くにいたら、人生変わったかもしれないです」
「そんな事...私はそんな大層な人間じゃないよ」
コノエはいつになく低いトーンだった。
「コノエさん、もし私が死ななかったら、私がドナーになる予定だった子供たちはどうなるんですか」
コノエはその問いに対ししばらく考え、そしてこう言った。
「別のドナー、別の肉体が来るまで待つの。来たら助かるし、期限内に来なかったら死ぬだろうね」
「その子たちって、どんな子なんですか」
「私も詳しくはわからないけど、重い病気で、毎日痛みや吐き気に苦しめられてる。そして、臓器が来るのをただひたすら待ってるって聞いたよ」
「...なんだか私と似てますね」
「そうかもしれないね」
それから、長い長い沈黙が2人を包み込んだ。10分、20分。サラが何を考えてるのか、コノエには何となくわかった。コノエは何も言わず、ただひたすら待ち続けた。
「コノエさん。私、どうしたらいいか分からなくなっちゃいました...。私、とっくに死ぬ覚悟は出来てると自分で思ってたんです。でもいざ死の淵にたってみると、色々な感情が心の中でぐちゃぐちゃになって...何も見えなくなっちゃうんです」
「例えば、どんなこと?」
「執着......ですかね。私、死ぬ前に1回やりたい事があって。旅に出るんです。誰にも邪魔されずに、1人で色んなところに行くんです」
「それは楽しそう。他には?」
「他にも...色々。友達が欲しいです。なんでも相談できる親友。彼氏は...ちょっと怖いからいいかな。あと、1度でいいから、クリームがたっぷり乗ったケーキを食べてみたいです。でも、どれもこれも妄想です。現実はもっと非情で残酷で。それに、ドナーとして私の身体を待ち望んでる子達のことを考えると...。どうしてこんな風になっちゃうんでしょうか。私は生きることも、死ぬことも叶わないんですか」
その時、不意にコノエはサラに抱きついた。サラはその未知なる感覚に戸惑う。
「サラちゃん、大丈夫だよ」
「何が大丈夫なんですか...」
コノエは泣いていた。
「それはね、皆そうなの。皆生きられないし死ねない。だから悩んで、苦しんで、それでもなにか答えを得ようと必死で考える。サラちゃんは今ようやく、地面に足がついたの」
「...コノエさん、コノエさんが何を言ってるのか、よくわかんないです」
「大丈夫。私はサラちゃんが....好きだから」
「そんなの...信じられないです。私が生きてても迷惑なだけなんですから」
「そんな事ないよ。それに人の迷惑がなんなの?あなたはあなたとして、やりたい事をやれば良いのよ」
コノエはサラの髪を撫で、耳元で優しく語りかけた。サラの瞳からは、涙が溢れて止まなかった。