地震予測と原子力発電
数列は、実は厳密に言えば証明ができない。
例えば、『1,2,3,4,5』と続く数列があったとしよう。これだけ見ると、1ずつ増えていく数列なのだと誰でも考えるはずだ。しかし、次の数字が6であるかどうかは誰にも分からない。もしかしたら7かもしれないし8かもしれない。或いは無量大数かもしれない。
すると、「1ずつ増えていく数列」という結論は間違っている事になる。これは意外に面白い話だと個人的には思う。帰納的思考の注意点にも関係してくる話だ。
だけど、これを聞いて「だから、どうした?」って言う人もいるかもしれない。「一般社会において、それが問題になるケースなんてあるのか?」と。
正直言って、僕もそれほど多くの事例を知らない。「一部のデータだけから、全体を決めつけるな」って意味に捉えるのなら、それなりに思い付きそうだけど、“数列”限定となると途端に眉をしかめてしまう。
ただ、一つだけ、この“数列は証明できない”という認識が欠如していたが為に、問題が発生した事例を僕は知っている。しかも、それは凄まじく大きな問題だった。
子供の頃、僕は関東大震災に真剣に怯えていた。「70年周期くらいで関東には大震災が起こる」という話を信じていたからだ。
当時は眉唾な噂話じゃなく、しっかりとアカデミックな“予測”なのだとそう言われていた。
だけど、何年経っても大地震は起こらなかった。
――そして、いつの間にか、僕はその話を忘れていた。「大地震が○月に起こるぞ」みたいな噂は何度か流れたけど一度も当たらなくて、オオカミ少年じゃないれど、そのうちにほとんど気にしなくなっていった。
大人になって知識を得るまではまったく知らなかったのだけど、その「大地震が周期的に起きる」という話は、アメリカ、サンフランシスコの南にあるサンアンドレアス断層の一部で起こっていた地震発生パターンが元ネタであるらしい。
プレートと呼ばれる巨大な岩がぶつかり合い、あるタイミングでそれが弾けて地震が発生するというプレートテクトニクス。
この説からは、地震が周期的に発生しそうな気配がプンプン漂っている。負荷かがかかり、耐え切れなくなるタイミングに一定の時間間隔がありそうだとつい思いたくなってしまうのは人の性だろう。
だから、地震学者達はその地震発生のパターン周期が現れている地方がないかと探した訳だ。
そして、遂にサンアンドレアス断層の一部でそれを見つけた。
「やはり仮説は正しかった!」
それは大々的に発表され、多くの人々がそれを支持した。そればかりか、地震発生のパターン周期は他の場所でも成り立つかのように喧伝された。
……多分、僕が子供の頃の聞かされた「関東大震災の70年周期」の話はこれだったのじゃないかと思う。
ところが、いつまで経っても地震は起きなかった。
つまり、地震発生にパターン周期があるかのように見えていたのは、単なる偶然だったのだ。
世界中を探せば、たまたま周期があるように見える地震発生パターンが一つや二つはあるだろう。それはそのうちの一つだったという訳だ。
地震は地中の岩盤がドミノ倒しのようにカスケードを起こす事で発生する。誰も地面深くの岩盤の状況を知らないし、知っていたとしてもそれがどう相互作用するかなんて分からない。
つまり、予測は不可能なのだ。
ところが、これが分かった後も「地震予測は可能だ」と言い続けた組織がある。
それは日本と呼ばれる僕が生まれて僕が育った国だ。
実際、阪神淡路大震災をその国の地震予測を行う機関はまったく予測できなかった。
ならば、恐ろしい現実があるはずだった。
この国は“地震が少ない地方”を選んで、原子力発電所を建設していたのだ。もちろん、大地震によって、爆発してしまう危険を少しでも減らす為だ。ところが、その地震予測はまったく信頼できないのだという。
ならば、このままそれを放置してはいけないのではないか?
リスク管理上、それは絶対にやってはならない事のはずだった。
ところが、地震予測が役に立たなかった事例を目の前にしても、その国のほとんど人間は何もしなかった。
……もちろん、僕も。
そして、東日本大震災によって、そのリスクは本物になった。その地震は福島原発事故を引き起こし、物凄い規模の人間を犠牲にし、実質的にこの国の国土を狭くしてしまった。
それは少なくとも阪神淡路大震災が起こったタイミングで気付ける話であるはずだった。つまり、真っ当に考えるのなら、充分に回避できていた危機だったのだ。ただただ僕らが愚かだったからこそ起こってしまったのだ。
――リスク管理能力が低すぎる。
そして、日本にはまだまだ原子力発電所が存在し、危険なレベルで密集している。いつ大地震が起こるか分からない場所に。
2020年2月、新型コロナウィルスへの対応で久々に見せた、“のん気”とすら表現できる、この日本という国のリスク管理能力の低さ。
僕は改めて大きな不安を覚えてしまった。
参考文献:歴史は「べき乗則」で動く マーク・ブキャナン 早川書房