第九十一話 体換受胎
竜胆がそう言った瞬間、彼女の周囲に数十体の影鬼が出現する。そのどれもが、大きさが十メートルを超えている。
「わらわの魔力が、今までの影操者と同じと思わぬことだな」
竜胆が結羽達を指さすと、影鬼が一斉に結羽達に襲いかかってきた。それを結羽達は倒していくが、すぐに倒された分の影鬼が出現する。
「一気に片付けるよ!」
颯はそう言うと自分の親指をがりっと噛み、そこから滲んだ血を片手剣に付けて垂直に振り上げる。颯の周囲に二十メートルほどの高さの竜巻が複数出現し、片手剣を振り下ろすのと同時に竜巻は影鬼達に向かっていき、影鬼を切り刻んでいく。
竜巻が消えた後、影鬼は再び同じかそれ以上の数がいた。竜胆を倒すか、竜胆の魔力が枯渇するまで影鬼を倒すしかないようだ。だが、竜胆のもとに辿り着くには影鬼を倒すしかなく、竜胆の魔力が枯渇する前に、こちらの魔力が限界を迎えることは容易に想像出来た。
「それで終わりか? わらわの魔力は全く尽きておらぬぞ」
それを証明するように、竜胆は更に影鬼を出現させる。
「これじゃあ、埒が明かないよ……どうすれば……」
血を使った広範囲の魔法でも駄目なのか。それならどうすれば、この影鬼を一掃出来るのか。
「……ねぇ、これって合体技とか出来ないかな?」
結羽の言葉に拓士達は瞠目する。その手があったか。
「それぞれの魔力を合わせるのか! やったことはないが、やる価値はある……!」
襲いかかってくる影鬼の触手を躱しながら、結羽達は作戦を考える。
「魔力を合わせるなら、どの方達がよろしいのでしょうか?」
風の矢を放ちながら飛鳥が尋ねると、未來が答える。
「誰もやったことがないから、比較的効果が予想出来るものがいいかも。例えば、火と風とか」
「それなら私だね。風の方はどっちがやる?」
結羽の問いに飛鳥が微苦笑を浮かべて言う。
「この場合、わたくしでは力不足です。お兄様がお姉様と合わせるべきでしょう」
飛鳥の言葉に颯が頷くと、颯は結羽の方を見る。
「結羽ちゃんはそれでいい?」
「今更聞く必要ある?」
勝気な笑みを浮かべた結羽に、颯も笑みを浮かべる。
「……そうだね。じゃあ、やってみよう!」
颯は先程とは逆の親指をがりっと噛むと、そこから滲んだ血を片手剣に付けて垂直に振り上げる。颯の周囲に二十メートルほどの高さの竜巻が複数出現した。そして結羽も颯と同じように、親指をがりっと噛むと、そこから滲んだ血を双剣に付けて垂直に振り上げる。炎の渦が結羽の周囲に出現し、更に上空には無数の炎の剣が埋め尽くしている。
「行くよ!」
「うん!」
結羽の声を合図に、結羽と颯はそれぞれの武器を振り下ろす。すると、炎と竜巻が混ざり合い、巨大な炎の龍へと姿を変える。
「行っけぇ!」
結羽達は叫んだ。炎の龍はそれに応えるように咆哮を上げると、巨大な顎を開き、影鬼を一気に飲み込んでいく。あれほどいた影鬼は一瞬で消滅して、再び出現する兆しはない。
「光流君!」
「うん!」
結羽の言葉に光流は弾かれたように飛び出す。持っている片手剣にありったけの魔力を込めて、光流はがら空きの竜胆の胴体に、その刃を突き刺した。
「あぁ、あ―――――――――――」
喘鳴と共に竜胆の口端から血が滴り落ちる。そして、光流が刃を抜いたのと同時に、竜胆の体が頽れた。彼女の足元は既に灰になっていて、数分も経たないうちに消滅するだろうことは誰の目にも分かっていた。
竜胆も、自分がもうすぐで消滅することは分かっていた。確かに、自分の魔力は他のどの影操者よりもある。だが、その能力はあまりにも他人任せのものだった。
その能力の名は“体換受胎”。体を交わした男に子どもを産ませて殺すもの。邸中に漂う甘ったるい匂いの毒は、副産物だ。どちらの二つも、影闘士を殺す直接的な武器にはならない。
だから、影鬼を一掃された時点で、自分の負けはほとんど決まっていたのだ。
―――貴様のような下賤の者は、我らの言うことを聞いておけばいいのだ。
この身を穢した男が自分に言い放った言葉だ。自分が影操者になって初めて殺した男でもある。自分が受けた苦しみを、貴様も味わうがいい。そう絶望した男を嘲笑ってやったのだ。
それだけでは飽き足らず、似たような男がいると、同じ方法で殺した。影操者という言葉がまだ存在しない頃だのことだ。だが、それを繰り返し、子どもを増やしていくうちに、自分は分からなくなっていた。いつまでこんな復讐をし続ければいいのか。
影操者は自ら死ぬことが出来ない。だからわらわは、誰かに殺されるのを待っていた。若い男が次々に行方不明になれば、きっと影闘士が気づくと信じて。
ああ、やっと終われるのか。
復讐という枷から解放された竜胆は、小さく微笑みながら消滅した。