第八話 学校は逃げ隠れるもの
結羽が次の授業をする教室に向かっている時、スマートフォンに通知が来る。メッセージの送り主は未來で、内容からかなり怒っているのが分かった。
「あー……、バレちゃったかぁ……」
だが、ここまで来たのだ。まだ捕まるわけにはいかない。学校にいたい結羽と病院に戻したい未來の鬼ごっこが今、始まった。
仲のいいクラスメイトに、次の授業は休むと伝えて、結羽は学校を逃げ回りはじめる。確かに、病院から抜け出したのは悪いと思うが、影鬼と闘うわけではないし、ただ授業を受けるだけなのだから、傷に響くわけでもないと思うのだが。
自分の教室は駄目だ。まず探しに来る場所だからだ。正直言って、この鬼ごっこは結羽にはかなり不利だろう。結羽はこの学校に高校から入学したが、未來は中等部からいる。それでも、せめて昼休みまでは学校にいたい。
空いている教室などに隠れながら、結羽は数分おきに移動して、未來から見つからないようにしていた。だが、未來の方も仲のいい同級生に結羽を見たら連絡するように言っているのか、次第に追い詰められる。
出来れば行きたくはなかったのだが、他にここから行ける場所がない。結羽は人目につかないように、こっそりと屋上に向かった。
屋上への扉を静かに開けて、すぐに閉める。どこかにちょうどいい隠れ場所がないか探していると、横になっている拓士と目が合った。どうしてここにいるのだろうか。結羽の顔からそれを察した拓士が素っ気なく答える。
「授業が自習になったからいるんだよ。……って、お前も一応同じクラスだろ?」
「あはは……」
未來から逃げ回っていて知らなかったとは言えず、苦笑で誤魔化す。そして結羽は、ちょうどいい隠れ場所を見つけて、拓士に手を合わせる。
「お願い! 未來ちゃんが来ても、私を見なかったことにして!」
拓士が一瞬、訝しげに結羽を見るが、すぐにため息をついた。
「……よく分からないけど、分かったよ」
「ありがと!」
結羽は拓士に礼を言うと、ちょうどいいスペースに隠れる。そのすぐ後、未來が屋上にやってきて、拓士に尋ねた。
「拓士君、結羽ちゃん見なかった?」
「……いや、見てないけど」
「そっか。ありがと」
そんな短い会話の後、未來は屋上から出ていった。結羽は拓士が頼みを聞いてくれたことと、未來に見つからなかったことに深く息を吐きだした。隠れていた場所から出て、クラスメイト達と合流しようと屋上の扉に向かう。結羽は拓士にもう一度礼を言おうと思ったが、スマートフォンをいじっていてこちらに気づいていないようだったので、そのまま扉を開けて、屋上から出ていった。
階段を下りて廊下を曲がると、何故か未來が待ち構えていた。結羽はすぐに逃げようとするが、この至近距離ではどう考えても無理だった。未來は結羽の手首を掴んで、にっこりと笑う。
「つっかまえた」
笑ってはいるのだが、かなり怒っているのが分かる。結羽の額から冷や汗が流れてくる。
「ど、どうして分かったの? 薊君が見てないって言っていたのに」
すると、屋上に繋がる扉が開き、拓士が階段から降りてくる。拓士が結羽に見せてきたスマートフォンの画面には、拓士と未來がメッセージアプリでやり取りしたことが残されていた。やり取りをした時刻は、数分前になっている。そこで結羽は気づいた。先程、拓士がスマートフォンをいじっていたのは、未來と連絡を取り合っていたのだ。つまり、拓士は最初から結羽が病院から抜け出したことを知っていたのだ。
結羽は急に恥ずかしくなって顔を赤くする。そんな結羽の手を引っ張って、未來は昇降口へ歩き出す。
「昼休みまでは、いさせてくださーい!」
「だーめ! 病室に戻るよー!」
そんな二人の会話が遠くで聞こえる中、拓士は小さく笑った。
「……おかしな奴だな」