第八十話 能力強奪
結羽との闘いが終わりを迎えた数秒後、スカビオサは別の影世界にいた。結羽によって致命傷を負わされた彼女は、数分のうちに消滅することを悟っていた。そんな彼女は今、ある男によって抱き上げられている。その男によって、移動することが出来たのだ。肩につく程度の銀髪と、影操者の証である血のように赤い瞳。着ている黒い着物の裾には、紫色の蝶が舞っている。彼女達を率いる主だ。
「……スターチス様」
スカビオサは主の名を呼んだ。運に翻弄されて大切なものを喪った自分を救ってくれた恩人で、忠誠を誓った唯一の主だ。
名を呼ばれたスターチスはスカビオサに視線を向ける。その瞳に感情らしきものは映っていない。彼は出会った時から無表情だったから、何とも思わないが。スターチスが自分をここにわざわざ連れてきたのは、愛というような甘ったるい理由ではない。
「―――ジニア」
スターチスが静かな声で呼ぶと、一人の少女が背後から現れる。藍色の長い髪と、スカビオサと同じ色のワンピース、そして血のように真っ赤な瞳。ジニアはスカビオサの傍まで来ると、彼女の手を取って寂しそうに微笑む。
「もうお別れなんだね。……もっと一緒にいたかったな」
そう言ったジニアに、スカビオサは儚げに微笑した。
「いつかはこうなる運命だから、仕方ないよ。でも、君が私の能力を貰ってくれるから、私がいた証を残せるんだよ。……ほら、早くやって?」
ジニアはスカビオサに催促される。彼女が消滅してしまえば、スカビオサがここに来た意味はなくなってしまう。名残惜しさを感じながらも、ジニアはスカビオサの体に手を当てた。
「“能力強奪”」
そう呟いたジニアの手元が光り、その光はやがてスカビオサの体を包み込んだ。そしてスカビオサは光に包まれる中、優しい声で言った。
「……ありがとう、×××―――――」
スカビオサが最期に呼んだ名は、彼女達がまだ自分の生まれ持った力を、どうにもすることが出来ず、苦しんでいた時の名だ。もう自分達以外の誰も覚えていない、たった一つの温かな思い出。
ジニアの能力はその名の通り、対象者から能力を奪って自分のものにするものだ。彼女は消滅しそうになっている影操者から能力を奪う。自分達の主にとって必要な能力を絶やさない為の手段なのだ。
やがて緩やかに光が収束すると、既にスカビオサは消滅していた。そしてジニアはスカビオサの能力を自分のものにしていた。スカビオサのものだった能力は“運操作”。自分の求めている幸運を強制的に引き寄せ、その反動で来た不運を決めた相手に擦り付けられ、不運の内容は能力の持ち主が決められる。
スカビオサとジニアは時を同じくして、影操者になった。彼女達は自分の能力を知った時、歓喜した。他人に迷惑ばかりかけていた力が、やっと主の役に立てるのだと。
ジニアがスカビオサの能力を手に入れたことが分かると、スターチスはジニアに視線を向ける。その瞳にはスカビオサが消滅した悲しみは映っていない。
「行くぞ」
「はい」
ジニアが返事をすると、二人の姿は闇に包まれて消えた。
未来が視えた。このまま進めば、望む通りに事が進むと。
望むのはただ一つ。あの子が隣にいることだ。
登場人物の花言葉
スターチス:「変わらぬ心」「途絶えぬ記憶」
ジニア:「不在の友を思う」「注意を怠るな」
次話から、第三章に入ります。