第七十五話 髪飾り
気づいた時には結羽と怜治は影世界にいた。怜治は影世界に来たのが初めてだったのか、戸惑いを隠せずにいる。結羽は双剣を召喚すると、すぐに周囲を警戒する。
「―――生きているものって、本当に素晴らしいわ。あんなに小さな女の子が、ここまで成長してるなんて」
突然聞こえた声の方へ結羽はばっと体を向ける。そこにはいつの間にか女が立っていた。海のように青い長い髪と、それを淡くしたような色のワンピース。その瞳は、血のように真っ赤である。影操者だ。
「ごきげんよう。私の名前はスカビオサ。影操者よ」
スカビオサはワンピースの端を指で軽くつまんでお辞儀をする。その優雅な仕草は、影世界の張り詰めた空気の中では、かなり異様な光景だった。影世界に来てからずっと黙っていた怜治は、スカビオサが身に着けている髪飾りに目を止める。淡い水色の雪の結晶をかたどったもので、由紀が死ぬ前、彼女の誕生日に贈ったものに酷似している。
怜治の視線に気づいたスカビオサは、微笑して髪飾りに軽く手を触れる。
「これ? 何年か前に運悪く死んだ女の子が、髪につけていたのを貰ったのよ。……確か、『ユキ』って名前だったかしら」
―――誕生日、おめでとうございます……。
一週間かけて選んで、少し緊張しながら、彼女に渡した。
―――ありがとう! すっごく嬉しい!
彼女は満面の笑みを浮かべて喜んでくれた。
その三日後に、彼女は死んだのだ。
そんな大切なものを、なぜ目の前にいる見知らぬ女が持っている。いや、真偽は分からないが、言っていたじゃないか。
―――何年か前に運悪く死んだ女の子が、髪につけていたのを貰ったのよ。
その後、貰ったという相手の名前を『ユキ』と言っていた。
そしてスカビオサは続ける。
「運よく影世界に引きずりこんだ女の子が、この髪飾りをつけてて、可愛くて欲しくなったから、ちょうだいって言ったの。でも、その女の子がこう答えたのよ」
―――だ、駄目だよ。これは怜治君から貰った大切な宝物だから。絶対に渡さない!
「それでちょっとイラッてきちゃって。あの髪飾り欲しいなぁって思ったら、女の子が運悪く溺れて死んじゃったんだよね。だから、持ち主が死んだのにつけられたままで可哀そうだと思って、ちょうだいって言って貰ったの」
あくまで事故で死んだような言い方だが、目の前にいる女が由紀を殺したのは誰が聞いても明らかだった。
怜治は怒りで体を震わせる。この女が、由紀を殺した。
「……あなたが由紀を……!」
こんな自分にいつも笑顔を向けてくれた彼女を、嘲笑って手にかけたのか。
懐からナイフを取り出した怜治は、スカビオサに向かって駆け出した。
「もしかして敵討ち? 健気でかわいいけど、君に運気が向くことは一生無いよ」
そう言ってスカビオサが片手を軽く上げると、複数の影鬼が怜治の前に出現する。
「怜治君!」
怜治に腕を伸ばす影鬼を、結羽が双剣で切り裂き、影鬼はそのまま霧散する。彼女が倒さなければ、自分はおそらく死んでいただろう。ある程度、冷静さを取り戻した怜治は恐怖から体を震わせる。
「下がってて。すぐに終わらせるから」
登場人物の花言葉
スカビオサ:「不幸な愛」「私は全てを失った」