第七十一話 回想:女神の怒り
その日の夜、結羽は母と父に今まで学校で何があったのかを話した。その話を聞いて、母と父は険しい表情をする。これはもう、学校に任せて解決することは不可能だろう。こちらが真実を話しても、簡単に握りつぶされてしまうことは目に見える。二人は結羽を見る。彼女は痛々しいほど憔悴していて、このままあの学校に通わせるべきではないのは一目瞭然だった。
ならば、この場所から引っ越して、転校するしか方法はないだろう。アイビーと響は影闘士だ。そしてアイビーは光の女神だ。力で理事長や怜治を屈服させることは出来るだろう。だが、それでは彼らと一緒だ。そのやり方は自分達もできれば避けたいし、結羽もそれを望んではいない。だから、結羽の気持ちを汲んだ最も良いと思われる方法を選んだのだ。
引っ越しも転校も、そこまで難しくはない。問題は、怜治や理事長にそれがすぐに気づかれてはいけない、ということだ。
結羽達三人は、転校の手続きと、転校先としばらく転校したことを誰にも言わないでほしいということを頼むために、校長と面談をした。転校については比較的早めに了承してくれた。だが、転校したことを言わないように、という頼みに校長はなかなか首を縦に振ってくれなかった。
「転校することは構いませんが、さすがに言わないわけにはいきませんね」
「娘の為に、そこを何とか……!」
懇願する響に、校長はやはり首を横に振る。
「そう言われましてもねぇ。……まず、いじめなんてこの学校で起きてもいませんし」
校長はそう言って結羽達から軽く目を逸らす。学校では、いじめを無かったことにしたいらしい。それを何度も繰り返す校長に、アイビーの堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にしてください! 理事長のご機嫌取りの為なら、生徒一人がどうなってもいいって言うんですか!」
「ひぃっ……」
激怒したアイビーに校長は思わず情けない悲鳴を上げる。アイビーは光の女神だ。怒りで苛烈な神気を放っている彼女は、神の血を引いてすらいない者にとっては、畏怖の対象であろう。アイビーも響も、力でねじ伏せることなど簡単に出来た。だが、それでは怜治や理事長と同じだ。だから出来れば穏便に済ませたかったのだが、これ以上は無理だった。
そんな母を結羽はただ茫然と見つめていた。母はいつも優しく温厚で、怒ったところなんて一度も見たことがない。そして、母が怒る姿を見たのは、これが最初で最後だった。
「……それで、了承して頂けますね?」
アイビーの言葉に校長は何度も頷いた。怜治や理事長よりも逆らってはいけない相手がここにいた。校長に何度も念を押すと、結羽達は校長室から出て行った。そしてその三日後、人知れず転校した。怜治が、結羽が転校したことを知るのは、それから一か月以上経った後のことだった。




