第六話 癒しの影闘士
結羽が目を覚ましたのは、ロベリアを倒した翌日の朝だった。薄っすらと瞼を開けて、自分の周りを見る。清潔感のある真っ白な壁と真っ白なベッドで、ここが自宅ではないことはすぐに分かった。どうやらここは病院の一室らしい。
少しずつ意識がはっきりしてきた時、声が聞こえた。
「結羽ちゃん! よかった……」
少し涙ぐんだ様子の未來が、安心したような声で言った。そして、病室の扉の近くには拓士が立っていて、ほっとしたような顔をしている。結羽の視線に気づくと、拓士は何事もなかったように顔を逸らした。
そんな拓士を見ながら、未來はニヤニヤして結羽に話す。
「拓士君、今はいつも通りだけど、結羽ちゃんが怪我した時はすごく焦っていたんだよ?」
「……もう大丈夫だろ。じゃあな」
そう素っ気なく言うと、拓士は病室から出ていった。少し顔が赤くなっていた気がするが、気のせいだろう。
結羽は昨日のことを思い出そうとする。ロベリアを倒して、それからの記憶が曖昧だ。気を失う前、拓士が必死に声をかけ続けてくれていたことだけは覚えている。そういえば、助けてくれたお礼を言うのを忘れていた。
拓士を追いかけるために起き上がろうとするが、傷の痛みでそれが出来ない。
「―――まだ動いちゃ駄目よ。傷が塞がったばかりなんだから」
そう言いながら白衣の女性が病室に入ってきた。黒髪を後ろで結んでいる、眼鏡の女性だ。誰かと似ている気がする。
「私は下野心美。ここは影闘士専用の病院よ」
下野という苗字を聞いて、結羽は未來を見ると、彼女は頷く。
「うん。この人はあたしのママよ。あたしのママとパパが、ここで影闘士の傷を癒しているの」
「そうなんだ……」
そんな会話をしていると、心美は身長の半分程の長さの杖を召喚する。彼女の左目は水色に変わっている。つまり、水の影闘士だ。
心美は結羽の着ているパジャマのボタンを外し、傷口に巻いている包帯を取る。そして、傷に杖の先端を近づけると杖が輝いて、その光が傷に吸い込まれていき、傷が少し薄くなったように見える。それを1分程度した後、心美は包帯を再び巻いた。
「これで、あと2週間は安静にしてね。闘うのはその1週間後まで待ってね」
「はい、分かりました」
結羽が頷くと、心美は病室から出ていった。
「ねぇ、未來ちゃん」
「なに?」
結羽は心美が出ていった扉の方を見ながら尋ねる。
「未來ちゃんの両親って、傷を癒す影闘士なんだよね?」
「うん。その代わり、全く闘えないけどね」
心美のように闘いで負った傷を治す影闘士は、世界中にいる人数を合わせても、影鬼と闘う方の数の1割にも満たない。傷を治す場合、闘うよりもさらに多くの魔力が必要になり、その魔力の繊細なコントロールも出来なければならない。その為、人数が少ないのだ。
「あたしのママとパパが傷を治して元気になっていく人を見ると、あたしも嬉しくなるんだ」
そう言った未來の顔は、とても誇らしげだった。