第六十三話 懺悔と赦し
翌朝、結羽が病院のベッドで目を覚ますと、信じられない光景に思わず固まってしまった。自分のことを心配そうに見下ろしている飛鳥がいたのだ。結羽の視線に気づくと、飛鳥はほっとしたような表情をする。だが、すぐにそれは強張って、助けを求めるように二人しかいない病室のあちこちに視線を巡らせる。
やがて飛鳥は覚悟を決めたのか、一度目を閉じて深呼吸をする。そして目を開けると、結羽に向かって頭を下げた。
「今まで、本当にすみませんでした……!」
結羽はあまり表情に出さなかったが、飛鳥の言葉にかなり驚いていた。何に対して彼女が謝っているのかは大体分かったが、あんなにも自分のことを嫌っていた彼女が、自分に頭を下げるなんて。一体何が彼女をそこまで変えたのだろうか。
そう結羽が思っていると、飛鳥は続けて言う。
「わたくしは、お母様を亡くした日からずっと、お母様が亡くなる原因になった“女性”を蔑むことによって、過去から逃げ続けていました。ですがお父様も亡くして、わたくしはそれを貴女のせいにして、理不尽に傷つけてしまいました」
結羽は飛鳥の懺悔の言葉を静かに聞いていた。飛鳥はさらに続ける。
「それでも貴女は、何の躊躇もなくわたくしを助けてくれました。わたくしのせいで傷を負ったにもかかわらず。本当に、ありがとうございます……!」
飛鳥の見せたあどけない笑顔に、結羽は思わず見とれていた。いつも少し背伸びしたような大人びた表情で、笑った顔を見たことが無かったから、その笑顔は美しいと感じたのだ。
「やっと、笑ってくれたね」
微笑んで結羽がそう言うと、飛鳥は少し顔を赤らめて結羽から背ける。
「す、すみません。わたくし……」
そう言いかけた時、飛鳥は結羽に抱きしめられていた。それに驚く飛鳥に、結羽は言った。
「こちらこそ、言ってくれてありがとう……!」
優しさと温かさに満ちた声に、飛鳥は悟った。ああ、彼女は自分を赦してくれた。一生背負っていかなければならないような罪を、赦してくれたのだ。
それから三週間が経過し、五月の半ばに差しかかろうとしていた。怪我が完治した結羽が自宅で学校に行く準備を終えた時、インターホンのチャイムの音が響く。時間は朝の八時前。誰が鳴らしたのかは分かっていた。通学カバンを持つと、廊下に出て、玄関のドアを開ける。そこには拓士と未來、颯、飛鳥がいた。
「おはようございます、お姉様!」
満面の笑みで挨拶をする飛鳥に、結羽は少し照れたように頬を赤くする。
「……ねぇ、やっぱりやめない? その“お姉様”って」
「いいえ! やはりお姉様と呼ばないと、わたくしが納得できません!」
「未來のことはお姉様って呼んでいないけど?」
「未來様は未來様です。お姉様はお姉様なのです!」
飛鳥の中では、結羽イコールお姉様というのが確定しているらしい。少し恥ずかしいが、言ってもキリがなさそうなので、結羽は諦めて苦笑する。出会った当初は気難しい子かと思っていたが、ここ最近になって、年相応の可愛い女の子なのがよく分かった。
今はまだ結羽と未來以外の女性に対する態度はあまり前と変わっていない。それでも、本人は少しずつそれを自分で直そうとしている。結羽達はそれを見守っていこうと思っている。登校する彼らの横を、爽やかな風が駆け抜けて行った。