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影闘士 ―Shadow Slayer―  作者: 玉子川ペン子
第二章
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第六十話 闘う理由

 その時、結羽の口端から生温かいものが滴り落ちた。口の中に広がる鉄の臭気で、それが何であるかを察した。それと同時に腹部に激痛が走り、結羽は片膝をつく。痛む部分に手を当てると、赤いもので染まっていた。そこからは微かに風のような音も聞こえた。

 結羽が何が起きたのか分からず混乱していると、イラクサが答える。

「数日前、そこのお嬢さんに刺されただろ? お嬢さんの持っていた短刀は特殊でね、刺した対象の体の中に、小さな竜巻を発生させるんだ」

 その竜巻は対象が死ぬまで、体を風の刃で切り刻み続ける。

 それを聞いた飛鳥の背中が大きく震えた。自分はなんてことをしてしまったのだろう。母の手紙の意味を理解せず、愚かな自己満足で彼女に取り返しのつかないことをしてしまった。飛鳥は恐る恐る、懐に入れている短刀に服ごしに触れた。硬さ以外に、怒りや哀しみのようなものを感じた気がして、心が震える。

「痛いだろ? 大丈夫、一瞬で終わらせてあげるよ」

 イラクサは優しい声で(ささや)くと、地を蹴り結羽との距離を詰めて、結羽の体に刃を振り下ろした。だが、それは立ち上がった結羽自身に受け止められた。金属が擦れる音が絶えず響く中、イラクサは結羽に問う。

「どうして、そんなになってまで闘おうとするんだ? 消滅すれ(しね)ば楽になれるのに」

 彼女の過去を視て、その理由のほとんどは分かっていた。それでも、彼女からその答えを聞きたいと思ってしまったのだ。若い頃の自分にはなかった輝きを見せる(かのじょ)に。

イラクサの問いに結羽は勝気な笑みを浮かべて答える。

「私には。私達にはやらないといけないことがあるの。みんなで約束したことと、今ここで飛鳥ちゃんを助けることよ!」

 片膝でイラクサの刀を防いでいた結羽は、力いっぱいに押し切ってイラクサをはねのけた。どちらも態勢を整えると、再び間を詰めて剣戟が繰り返される。

 飛鳥はそんな結羽を呆然と見つめていた。どうしてあの人は自分を助けると言ってくれるのだろう。あの人は自分が何をしたのかその身をもって知っているのに。女性なんて信用できない。自分の大切な人達を死に追いやる恐ろしい存在だから。それでも、あの人は女性だけど。あの言葉が嘘じゃないことははっきりと分かった。

 やがて闘いは終わりを迎えようとしていた。結羽は一気に畳みかけると、イラクサの刀を遥か後方に弾き飛ばす。刀に一瞬気を取られていた隙に、結羽はイラクサの首を刎ねた。イラクサの体が灰になって崩れるのと同時に、影世界が消滅して二人は元の世界に戻っていた。

 双剣を消した瞬間、結羽の体がぐらりとよろめく。が、寸でのところで踏みとどまる。短刀の持ち主(あすか)の怒りが収まったのか、体内で荒れ狂っていた竜巻は消えているが、それまでに受けた傷がかなり深いらしい。それでもまだ、倒れるわけにはいかない。

 結羽は少し離れた場所にいる飛鳥をちらりと見る。俯いた飛鳥の顔は髪に隠されていて、どのような表情をしているかは分からない。イラクサによって切り裂かれた腕を手で押さえて、体を小さく震わせている。そこまで深い傷には見えないが、もしかしたら彼女の過去に関係して、必要以上に痛みを発しているのかもしれない。

 結羽は飛鳥に近づくと、傷のない方の腕を自分の肩に回させて、立ち上がらせる。拒絶されるかと思ったが、特に何も言わず、飛鳥はされるがままになっていた。そして結羽はゆっくりと心美達のいる病院に向かった。


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