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影闘士 ―Shadow Slayer―  作者: 玉子川ペン子
第二章
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第五十八話 回想:母が死んだ日

 今から十年前。颯が七歳、飛鳥が五歳の時のことだ。その日は休日で、母の花梨と颯、飛鳥は買い物から住んでいるアパートに帰る時だった。父の夕顔は生活費を稼ぐ為に毎日、影鬼を倒していて、帰ってくるのはいつも夜遅くだった。

 三人がアパートに帰ると、アパートの前に一人の女性が立っていた。肩の辺りで切り揃えられた黒髪と、暗い紫色の瞳は夕顔とよく似ている。その女性は彼らの姿を見ると、にこやかに微笑みながら、ゆっくりと近づいてきた。その手には、双剣が握られている。

「あなた、花梨さんよね? ―――死んでちょうだい!」

 そう言うと女性は花梨に斬りかかってきた。だが、その刃は花梨に届く前に別の刃に弾かれる。左目が緑色に変化した颯が、花梨と飛鳥の前に立っていた。女性は後ろに飛び退くと、忌々しい顔で三人を睨む。

「夕顔がいなければ、あんた達なんて簡単に殺せると思ったけど、まさか子どもが影闘士になっていたなんて……」

 女性は双剣を構え直すと、颯に斬りかかる。颯はそれを刃で受け止め、金属音を響かせながら打ち合いが続く。

 颯は一ヶ月前に影闘士になった。今日のように三人で買い物に行った時に影世界に引きずり込まれて、影鬼に殺されそうになった時、母と妹を助けたいという思いから影闘士として覚醒したのだ。

 激しく続く打ち合いに苛立ってきた女性が、怒りを滲ませた声を上げる。

「純血を残す為に、弟が必要なのよ! あんたみたいな混血は、ここで死になさい!」

「父さんは渡さないよ! 母さんも飛鳥も絶対に殺させない!」

 女性に負けないように大声で返し、その刃が女性に届くかと思った。その時。

「……え? おにい、さま……?」

 飛鳥は目の前の光景に瞠目する。

 颯の片手剣は、確かに女性の胸を貫いていた。だが、女性の双剣も、颯の胸と腹を貫いていた。どさり、という音を立てて二人は倒れた。女性の方は心臓を貫かれたのか、消滅が急速に進んでいく。女性は消滅する間際、颯の方に顔を向けて、嘲笑を浮かべる。

「……あんたは、道連れよ。恨むのなら、あんたを産んだ母親を恨みなさい……!」

 哄笑(こうしょう)しながら、女性は消滅した。残された颯に寄り添う花梨と飛鳥は颯の傷の深さに息をのむ。颯は女性と同じように消滅が始まっていた。ただの何の力も持たない者ならば、消滅するのを見届ける以外、出来ることはない。だが、花梨は闘う力は持たないが、別の力ならある。

「貴方をここで、死なせはしない!」

 花梨は両手を颯の傷に当てる。彼女の手のひらから颯の傷に温かな光が流れ込み、傷が小さくなっていく。やがて傷は見えなくなり、燐光が消える。兄の呼吸が穏やかになったことに気づき、飛鳥は横にいる母に尋ねる。

「おかあさま、おにいさまはもう、だいじょうぶなのですか?」

「……ええ。もう心配ないわ」

 いつもよりか細い声に飛鳥は母の方を見て、瞠目する。母の顔は紙のように白くなっていた。母の突然の変化に飛鳥はただ戸惑うことしか出来なかった。

 花梨は飛鳥の頭を優しく撫でると、そのまま地面に倒れて、それっきり動かなくなった。

「……おかあさま?」

 飛鳥は倒れた母の体をゆすって声をかける。だが、母は何も言わない。それを何回か繰り返すと、さすがに幼い飛鳥にも分かってしまった。もう母は……。

「……おかあさま、おきてください。……ねぇ、おかあさま、おかあさま……っ!」

 いくら声をかけても、泣いても、母は戻ってきてくれない。

 母が颯に余命を与えたことで亡くなったことを理解したのは、それから数年が経ってからだった。


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