第五話 模倣
血の滴る音が聞こえた。
その音に拓士は後ろを振り向いて瞠目する。
「お前……!」
「よくここが分かりましたね。どうやって来たのですか?」
拓士の後ろには、右肩と左太ももを氷柱で貫かれた結羽がいた。
「……油断しちゃ駄目でしょ?」
拓士はすぐに理解した。ロベリアは氷柱に貫かれていなかった。
影操者は一人ずつ何かしらの能力を持っている。そしてロベリアの能力は“模倣”だった。つまり、能力によって模倣された氷柱から、結羽が自分を庇ったのだ。
結羽の足下に血溜まりができて、拓士の脳裏に忘れられない悲劇の記憶が蘇る。
「何でお前が……」
痛みで顔をしかめながら氷柱を抜く結羽に、拓士は震える声で問いかける。
結羽は拓士に苦笑して答える。
「……心配だったからかな。何か嫌な予感がして走っていたら、いつの間にかここにいたんだ。それより……」
結羽は前方にいるロベリアを睨んだ。
「まずは、あいつを倒さないと」
結羽の顔は青ざめていたが、その瞳は力を失っていない。
「……ああ」
ぎこちなく頷いた拓士に結羽は微笑んだ。
「薊君は右から行って」
結羽は拓士の返事を待たずに駆けだした。
血を散らしながら向かってくる結羽を、ロベリアは鼻で笑った。
「貴女は馬鹿ですか? 重傷を負いながら向かってくるなんて。……死んで下さい!」
ロベリアが結羽の喉元を切り裂こうとした時、ロベリアの視界から結羽が消えた。
「……!? 一体どこへ……」
ロベリアが結羽を探していると、拓士が向かってきて、その体を斜めに斬りつける。ロベリアは痛みに顔を歪めながらも拓士を睨み、短剣で喉元を切り裂こうとする。拓士はそれを躱して後ろに飛び退いた。
ロベリアの意識が完全に拓士に向いた瞬間、結羽はロベリアの背後に現れ、双剣でロベリアの首を刎ねた。
赤い鮮血が噴出し、ロベリアの体が灰になると、影世界が消滅して元の場所に戻った。
それと同時に結羽は倒れた。
拓士は、仰向けに倒れている結羽の元に駆け寄って見下ろす。
「……おい、起きろ。そこにいたら通行人の邪魔になるだろ」
邪魔になどならない。ここは人が滅多に来ない公園の中だ。
結羽はうっすらと目を開けて、拓士に微笑む。
「……ごめん。すぐに起きるから、薊君は先に帰ってていいよ……?」
頭がぼうっとする。血が出過ぎたのだろう。眠たくて、すぐにでも目を閉じたい。
「そこで寝ていたら……!」
拓士は吐きだすように言おうとするが、言葉が続かない。結羽を見ているだけで心が苦しくなる。
地面が結羽の血で染まっていき、記憶がまた蘇る。誰かのこんな姿を見るのは、あの日以来だ。
血を流し、倒れている姿は、影鬼に殺された両親と。
―――……拓士……ごめんね………
4年前、自分の目の前で貫かれた……。
拓士は過去の記憶を振り払うように頭を振ると、大剣を召喚した。親指を噛んで、そこから流れる血を大剣の刀身に付ける。
そして、結羽の傷口に大剣を当てて、傷を凍らせて塞ごうとする。
この女と自分は何の関係も無い。この女がここで死んだとしても、どうでも良いはずなのだ。だが、過去に自分の目の前で死んでいった者たちと姿が酷似していて、放っておけない。
塞いだと思った傷は完全には塞げず、赤い血を流し続けている。
「なんで……なんで止まらないんだよ! おい、しっかりしろ胡蝶蘭!」
目を閉じている結羽に拓士は声をかけ続ける。それは悲鳴に近い叫びだった。
こいつと、大切な人達の姿が重なってしまう。
「胡蝶蘭! おい、胡蝶蘭!」
段々と白くなっていく結羽の顔に、拓士は焦りを隠せない。
また、俺は目の前で罪の無い人を失うのか。
拓士の瞳から、涙が一滴零れた。
「拓士君! 結羽ちゃんどうしたの!?」
突然の声に拓士は振り返る。重傷を負っている結羽に驚いた未來が駆け寄ってきた。
「このままじゃ、胡蝶蘭が……!」
明らかに冷静さを失っている拓士と目を開けない結羽の様子で状況を察した未來は、拓士についてくるように促す。
「結羽ちゃんを抱えて、あたしについてきて」
静かな未來の言葉に、拓士も冷静さを取り戻す。
「それで助かるのか?」
「うん、助かるよ」
「分かった」
未來の言葉に拓士は頷いて、結羽を抱き上げて、彼らは駆け出した。