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影闘士 ―Shadow Slayer―  作者: 玉子川ペン子
第一章
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番外編1 紫苑一希の最期(後編)

 中学生になっても、父からの暴力はなくならない。家に帰れば、父が眠るまでずっと暴力を振るわれ続ける。今までは殴るか蹴るだけだったが、最近は包丁を振り回すようになってきた。自分はいつか父に殺されるのではないかと思うようにもなった。

 そんなある日、一希が家に帰ると父からまた暴力を振るわれた。本当は早く家出をして、1人暮らしをしたい。だが、中学生にそんなことが出来ないことは分かっていた。殴り倒されて壁に背中を打ち付けた時、ズボンのポケットに入れていたスマートフォンを落としてしまった。その反動で、スマートフォンのロック画面が点く。

「……ん?」

 画面を見た父が一希のスマートフォンを拾い上げて、画面を指さしながら一希に尋ねた。

「誰だこいつ? もしかして、お前の女か?」

 画面に映っていたのは、一希と結羽のツーショットだった。一希はいやらしい笑みを浮かべる父の顔から思わず目を背ける。そんな一希に対して父は続ける。

「おい。明日にでもこの女を連れてこいよ。俺が女のしつけ方を教えてやるよ」

 父の言葉に一希は怒りを爆発させた。

「……こんの、クソ親父!」

「親に向かってその口の利き方はなんだ!」

 包丁を振りかざしてくる父に一希は懸命に立ち向かう。彼の頭の中は、その時だけ恐怖が消えて怒りだけが満ちていた。結羽に対してそんなことを考えているのが許せない。こんな奴がのうのうと生きていたら、いつ結羽に危害を加えるか分からない。

 今、ここで殺しておかなければ。

 一希は父の持っている包丁の柄を掴むと、手首を返してその刃を父の胸に深々と突き刺した。父はそのまま壁に背中をぶつけて、ずるずると座り込んだ。自分の体から流れている血を呆然と見ている。そんな父を一希は冷ややかな目で見下ろしていた。やがて父は正面に立っている一希を見上げる。その瞳には恐れが宿っていた。

「た、助けてくれ……。こんなに血が出て、今にも死にそうなんだ。俺はお前の父親だろ? だから、早く……」

 懇願する父を一希は無言で見下ろす。その目が怖くなり、父は一希に謝り始めた。

「……今まですまなかった! 本当に悪かった。お前といなくなったあいつを重ねて、暴力を振るって……。もうお前にも、お前の女にも何もしないから―――」

「うるせぇよ」

 父の言葉を遮るように、一希は持っていた包丁で父の頸動脈を切り裂いた。鮮血が飛び散り、父はそれきり動かなくなった。


 それから数分後、一希は我に返った。自分の手には包丁が。そして目の前では、父が絶命していた。父の胸と首から血が流れている。

 そうだ。俺がこの包丁で、親父を殺したんだ。

「―――うわあぁぁぁぁぁ!!」

 父を殺したことを自覚した瞬間、一希は包丁を床に落とし、泣き叫んだ。父から解放されたという喜びなどはなく、ただ絶望だけが一希の心を埋め尽くす。

 殺したかったわけじゃない。中学校を卒業すれば自由になれたんだ。なのに、親父の言葉で目の前が真っ暗になって、気づいたら包丁を掴んでいた。親父だって本気で言ったわけじゃなかったはずなのに。

 一希は膝から崩れ落ちて、己の手のひらを見つめる。赤いもので汚れていた。そして自嘲気味に笑った。

 もう結羽には会えない。親父を殺した俺が、結羽に会う資格がなければ、話す資格もないし、抱きしめる資格もない。こんな薄汚い血で汚れた手で、結羽に触れるなんて出来るわけがない。

 これからどうしよう。あんな父でも生活費は稼いでくれた。誰かに相談するわけにもいかないし、中学生が1人で生きていけるとは思えない。

 その時。

『―――なら、俺が何とかしてやるよ』

 自分と同じ声が響いた。それは、脳内に直接語りかけてくるような声だった。

『俺なら、お前が父親を殺したのを無かったことに出来るぞ』

 殺したのを無かったことに出来る?

 それは、今の一希にとって一番求めていたものだ。そうすれば、結羽にも後ろめたい気持ち無しで、今まで通りに接することが出来る。願ってもないことだ。

 そんな一希の望みを察したのか、声は満足したように嗤った。

『良いだろう。ならば、その代償として―――――お前の体をもらい受けよう』

 その瞬間、一希の意識は電源が落ちるようにプツリと切れた。


次話から、第二章に入ります。

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