第三十九話 光と消える
閉じられていた瞼がゆっくり開けられると、真っ黒に染まっていた右目が元の白色に戻っていた。闇鬼から肉体を取り戻した佳奈は、自分の横に座り込んでいる結羽に視線を向けると、申し訳なさそうな表情をする。
「……ごめんなさい。私の心が弱いせいで、酷い怪我を……」
「私の怪我はどうでもいいよ。それよりも、佳奈ちゃんが……」
佳奈の体は、足の方から光の粒子となって徐々に消え始めていた。影闘士は死ぬ時に体が消滅して、この世界に生きていた証と記憶も共に消える。影闘士以外の者からは全て忘れ去られてしまう。前に拓士の過去に目の前で影闘士が消滅したことを聞いたが、それが今、ここで起きようとしている。
ここに心美がいたら、佳奈は助かったかもしれない。自分にも傷を癒す力があったら、助かったのかもしれない。自分がもっと強かったら、佳奈にこうさせずに済んだかもしれない。
そんな後悔が結羽の中で渦巻いている時、佳奈がぽつりと言った。
「……私、拓士さんのことが、好きだったんです」
「え……?」
突然の佳奈の告白に、結羽は少し驚く。
「最初は、ぼんやりとそう思っていただけなんですが、影闘士になって、一緒にいる時間が長くなってきて、つい最近、拓士さんが好きだって気づいたんです」
でも、と佳奈は続ける。
「拓士さんの隣には、いつも結羽さんがいました。仲間だからっていうのは、分かっていたんですが、いつからか私は、結羽さんに嫉妬していました。」
淡々と語られる内容に、結羽は静かに耳を傾けていた。佳奈が拓士に恋心を抱いていたことは初めて知った。そして、その後に自分に向けられていた感情も。
「それで、こう思ってしまったんです。“結羽さんがいなかったら、拓士さんの隣にいるのは私だったのに”って。そうしたら、闇鬼に体を乗っ取られてしまって。……本当、私って馬鹿ですよね」
そう言って微苦笑を浮かべた佳奈に、結羽は何も言えなかった。「そんなことない」なんて、軽々しく言ってはいけない。かける言葉を探したが、今の佳奈に何を言えばいいのか分からず、結局思いつかなかった。思わず俯く結羽の耳に、佳奈の声が滑り込んできた。
「……でも私、最期を自分の意思で選べたことが、すごく嬉しかったんです。結羽さんがずっと、私を殺したと後悔してほしくなかったので」
それを聞いた結羽の瞳から、涙が零れてきた。佳奈は自分の為に、最後の最後で闇鬼に抗い、肉体を取り戻したのだ。だから今、こうして話が出来るのだ。
血に塗れた佳奈の体は、既に腰辺りまで消滅している。もうほとんど時間は残されていないだろう。話したいことはたくさんあるはずなのに、言葉が1つも出てこない。そこで結羽ははっとして、寒さで震える手でコートのポケットからスマートフォンを取り出す。そして、ある人に電話をかけようとする。だが。
「……いいです。かけないで下さい」
「でも……―――!」
消滅が速まっていたのか、佳奈の体はいつの間にか肩まで消滅していた。結羽はまだ残っている佳奈の体を抱きしめる。結羽の腕の中で、佳奈は温もりを感じながら微笑む。
「拓士さんのこと、お願いします―――――」
その言葉を最後に、佳奈は完全に消滅した。