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影闘士 ―Shadow Slayer―  作者: 玉子川ペン子
第一章
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第二話 影操者

気づいた時には、真っ黒な世界にいた。

暗く見えるのに、自分の姿ははっきり見える。そして、二人の影は白く映っている。

 影世界に二人はいた。

 拓士は横にいた結羽を睨む。

「お前は下がっていろ。ただの人間がいても邪魔なだけだ」

 言い方は乱暴だが、確かにその通りだ。

 結羽が拓士から離れようとした時、二人の周囲に体長10メートル程の影鬼が数十体出現した。

「―――やっと会えましたね、水の影闘士」

 そんな声が突然聞こえた。それは嘲笑の混じった低い男の声だった。そして、その声の主が姿を現す。

 肩に届く灰色の髪。血の様に真っ赤な瞳。ピエロの様な赤と紫のストライプの衣装。

「……誰だお前」

 拓士は男を睨みつける。男は拓士の眼光に怯むことなく、恭しく頭を下げる。

「申し遅れました。僕の名前はロベリア。影操者(シャドウナイト)です」

 影操者という聞いたことのない言葉に、結羽はちらりと拓士を見る。だが、黙殺される。

 結羽に分かることは、このロベリアという人物が自分達の敵であることだけだ。

「貴方には僕の影鬼(しもべ)をかなり殺されてしまったので、貴方を憎んでいます。なので、今から貴方を殺したいと思います。それに……」

そう言って、ロベリアは結羽を凝視する。

「美味しそうな人間を連れてきてくれたお礼に、たっぷりといたぶってから殺してあげましょう」

 ロベリアの言葉に結羽は背筋に寒気が走った。

「こいつを喰うのは勝手にしろ。だが、殺されるのはお前だ」

 そう言い放ち、拓士はロベリアに向かって駆け出した。その間に拓士の左目が水色に変わり、大剣が召喚される。

「死ね」

 拓士はロベリアに斬りかかる。だが、ロベリアは口元を吊り上げて避ける素振りもない。

「そう焦らないで下さい。まずは、余興を楽しんではいかがでしょう?」

 拓士の目の前に影鬼が現れ、拓士はその影鬼を切り裂いた。先程まで周囲にいた影鬼が、ロベリアを守るように拓士の前に立ちはだかる。拓士は舌打ちをすると、ロベリアの盾になる影鬼の群れに斬りかかる。

 拓士が影鬼と闘っている様子を楽しそうに見ていたロベリアは、突然こんなことを話し始めた。

「そういえば最近、僕達の主が、すごい奴を殺したんですよ」

 やや興奮気味にロベリアは続ける。

「なんと、光の女神と最強と謳われる炎の影闘士を殺したのですよ! ……貴女もその死に様を見たいでしょう?」

「……え?」

 急にふられた結羽は困惑してそれ以上何も言えない。その反応が気に入ったロベリアは、指をパチンと鳴らした。

 すると、ロベリアの頭上に四角い画面が現れ、映像が流れ始めた。

 影世界のような場所が映し出され、すぐに映像が誰かの足元に切り替わる。そして、誰か二人がゆっくりと倒れていく。それは、体中が血まみれの、淡い橙色の髪の女性と栗色の髪の男性だった。

 結羽は彼らの姿に釘付けになった。顔は見えなかったが、その髪に見覚えがあった。

 まさか……そんなはずはない……。

 結羽の顔は青ざめ、体が震えだした。

 そんな結羽の様子にロベリアは気づかずにまた話し始めた。

「名前は確か……アイビーと、もう一人は、(ひびき)でしたかね」

 ロベリアの告げた名前に、結羽は愕然とした。

 それは、結羽の両親の名前だった。


 結羽がまだ幼い時だ。母が何かの事故で、怪我をしたのだ。

「―――大丈夫か」

「大丈夫よ、あなた。大したことないわ」

 幼い結羽は二人の声がする寝室へこっそりと入った。

「―――おかあさん?」

 父と母は、突然の声に驚いた。そして、ドアから顔を覗かせている結羽に、父が言う。

「なんだ、結羽か。……部屋で遊んでいろって言っただろ?」

 結羽は部屋に入ると、二人のもとにやってきて、不安そうに見上げる。

「だって……おかあさんがしんぱいだったんだもん」

 ベッドで横になっている母は、結羽の頭を優しく撫でる。その腕には包帯が巻かれていて痛々しい。

「心配してくれたのね、ありがとう。これくらい、すぐに治るから平気よ」

「ほんと……?」

 まだ心配そうな結羽に、母は微笑んで頷く。

「ええ、本当よ」

「そっかぁ……よかった!」

 結羽は母の言葉に、満面の笑みを浮かべた。

 

 もしも、母と父が影闘士だとしたら。

 結羽は、父と母が何の仕事をしていたか知らなかった。だが、まさか影闘士だったとは少しも思わなかった。

「……お父さん? ……お母さん?」

 結羽は無意識のうちに、そう呟いてしまっていた。

 その言葉にロベリアは目を丸くして、はしゃいだような声になり、大仰に両手を広げる。

「もしかして、この二人の娘さんでしたか? 素晴らしい偶然ですね!」

 あの日、結羽は父と母が影鬼に殺されたということを父の友人から聞いた。あの時はあまりにもショックが大きくて、全く気にしていなかったのだが、今考えるとおかしいのだ。

 影鬼に殺されると、たとえ親族や大切な存在だとしても、記憶がなくなってしまう。

 ならばどうして、父と母の死を伝えた彼は二人のことを覚えていた? どうして自宅にある二人の痕跡は残ったまま? 普通は有り得ないはずのことが次々と頭に浮かぶ。

「影鬼に殺されたんじゃないの……?」

「あぁ。とりあえず、そんなことにしていましたね。ところで、こんな顔の男を見ませんでしたか?」

 映像が切り替わり、そこに映し出されたのは、あの日、結羽に両親の死を伝えた男だった。

「主が考えた偽装工作ですよ。あなた達は家族や仲間が急にいなくなったら、しつこく探し続けるものでしょう? だから、影鬼に殺されたということにして納得させたのです。どうですか、簡単な話でしょう?」

 

 中学校の卒業式にいつまでも父と母が来ないことを、結羽は不安に思っていた。それでも、学校に行く前の二人の言葉を信じてずっと待っていた。

「ごめんね。今日、どうしても外せない用事があって、卒業式に行くのが遅れるかもしれないの」

「でも、絶対に行くから。学校で待っていてほしいんだ」

 父と母の言葉の裏に、何かを覚悟したような響きを感じた。

 「うん、分かった。じゃあ、絶対に来てね」

 結羽は二人の用事というものが何なのか、一つも訊かなかった。来てくれると信じていたから、その必要はないと思ったのだ。

 だが、その望みは儚く散った。

「影鬼に、殺された……?」

 そう聞かされた時、結羽の手から卒業証書が滑り落ちた。

 父と母は中学校に向かう途中、影世界に飲み込まれたそうだ。最初は信じられなくてずっと二人の帰りを待っていたのだが、1週間経っても家に帰ってくることはなかった。

 結羽はその後、家を引っ越した。本当は、家族三人で住む予定だった家だから、一人で住むには広すぎた。だが、結羽が高校に通いやすいようにするために買ってくれた家だったから、一人でも住むことを決意したのだ。二人が使うはずだった部屋に彼らの使っていたものを置いて。

 ようやく悲しみが癒え始めたときに、この男は父と母の無残な姿を見せ、嘲笑ったのだ。


「あなたは実に運がいいですね。偶然影世界に来て、両親の死の真相を知ることが出来たのですから!」

「……このっ!」

 ロベリアの言葉に怒りを爆発させた結羽は、ロベリアに向かって駆け出した。

 自分に向かってくる結羽に、ロベリアは嘲笑した。

「何の力も持たない人間に何が出来るのですか? 死んで下さい!」

 結羽の眼前に影鬼が現れ、結羽に向かって黒い腕を伸ばす。

 「……邪魔よ!」

 その瞬間、結羽の目の前にいた影鬼が消し飛んだ。

「……この魔力は炎ですか。まさか、覚醒するとは……」

 結羽の左目は緋色に変わり、両手には真紅の双剣が握られていた。


登場人物の花言葉

ロベリア:「悪意」「謙遜」

アイビー:「永遠の愛」「不滅」

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