第二十七話 回想:砂漠の墓標
リズの左目が緋色に染まり、召喚した深紅の双剣で男に斬りかかる。男は刀でそれを軽々と受け止める。怒りの形相で見上げるリズに、男は抑揚のない声で答えた。
「ああ。俺の視界に入ったから殺した」
「それだけの理由で殺すなんてっ……!」
リズの感情に呼応するように双剣が炎を纏う。2人が剣戟を繰り返す中、拓士もリズに加勢する。この男が何者かは分からないが、これだけは分かる。
油断したら殺られる。
拓士とリズが左右から斬りかかっても、男は涼しい顔をして刀で受け止め、弾く。刃同士が当たる金属音だけがその場に響いている。長い間続いている剣戟に拓士とリズは疲弊し始めていた。2人の額からは陽射しが理由ではない汗が滴っている。
息をつく暇もない。瞬きをしている間に首を斬り落とされそうだ。実力の差は明らかだった。それでも逃げられない。こちらが勝つか負けるかまで、この闘いが終わることはないだろう。その時。
「―――――」
男の音にならない声が微かに聞こえ、それと同時に凄まじい殺気が男から放たれる。拓士とリズは思わず、男から飛び退いて距離を取る。男の刃が届かない場所まで。だが。
「―――――あっ……」
そんな小さな声が聞こえて、拓士は横を見る。信じられない光景に瞠目した。一瞬で間合いを詰めた男が、刃を何本も増やした刀で、リズの体を貫いていた。刀は引き抜かれると刃は1本に戻っていて、まるでスローモーションのようにリズはゆっくりと倒れていった。
「リズ―――!!」
拓士はすぐに駆け寄り、リズの体を抱き起こす。左胸を中心に、赤い華が大きく広がっていく。
「リズ、しっかりしろ! リズ!」
拓士がリズに声をかけ続けていると、ふいに影が落ちる。はっとして振り返ると、男が拓士を見下ろしていた。その目から感情は何1つ読み取れない。この距離では逃げるより自分が殺される方が先だろう。拓士は鋭い眼差しで男を睨みつけた。
「……良い目だ」
男はそう呟くと姿を消した。2人きりになり、拓士はリズに視線を戻した。とにかくこの出血を止めないと。傷を凍らせようとした時、リズから弱々しい声が聞こえてきた。
「……やらなくて、いいよ………」
「大丈夫だ! きっとまだ間に合う―――」
拓士はそう言いかけて絶句した。リズの足が、光の粒子になって消えていた。拓士が自分の足を見ていることに気づいたリズが、微苦笑を浮かべる。
「……もう、間に合わないよ。 ……体が、消え始めてるから……」
影闘士とそうではない者の違いが1つある。それは、影闘士が死ぬ時、体が光の粒子となって消滅することだ。消滅すれば、影闘士以外の者はその記憶を失う。たとえ家族だったとしても。
徐々に体が消滅していくリズを見て、拓士は悔しさと虚しさから思わず唇を噛みしめる。自分がもっと強かったら。男の動きに気づけていたら。リズが死なずに済んだかもしれないのに……。
必死で涙をこらえている拓士の手を、リズが握る。そしてふわりと微笑った。その瞳からは雫が零れ落ちた。
「……拓士……ごめんね………今まで、ありがと―――――」
そう言った後、リズは消滅した。リズが消滅した直後、拓士はこらえていた涙を流した。誰もいない砂漠で、拓士1人の泣き声だけが響いた。