第二十一話 還魂
結羽は夢を見ていた。今彼女が立っている場所は、彼女が通っていた中学校の教室だ。
「―――久しぶり、結羽」
声が聞こえ、結羽は振り向いた。会いたかった人が、そこにいた。
「……一希……」
一希は結羽に頭を下げる。
「ごめん。俺が心に闇を抱えていたから、お前を傷つけた」
一希の言葉に結羽は首を横に振る。
「いいよ。今、こうして話すことが出来ているんだから。それで充分だよ」
だが、それもほんの少しだけだろう。一希は還らなければならない。還って、しばらく経った後に再びこの世に新しい命として生まれ変わる。かなり先の話だが。
一希は少し悩んだ後、腹を括ったように話し始めた。
「俺の両親、仲が悪くてずっと別居してたんだ」
「え……?」
思いもよらない一希の告白に、結羽は少し驚いた。初耳だ。
「それで、俺は父さんと一緒に住んでいたんだけど、毎日殴られたり、蹴られたりして……。それが苦しくて、辛くてさ。多分、それで闇鬼に取り憑かれたんだ。ごめん」
そんなことがあったなら、誰でも辛いよ。
そんな言葉を言おうとして、結羽は押し黙る。こんなのはただの慰めにしかならない。他に一希に言うべきことがあるのではないか。そう思っても、なかなか言葉が出てこない。
一希は、何も言わない結羽の頭を撫でた。
「他に言わなきゃいけないことがあるんじゃないかって思っているんだろ。俺はその気持ちだけでもすごい嬉しい。ありがとうな。だから、泣くな」
「うん……」
そう頷く結羽の瞳からは、涙が零れている。やがて、一希の姿が少しずつ消えていく。もうすぐでお別れなのだ。
「それに、あの人が結羽をずっと守ってくれるから心配ないしな」
「え……?」
一体誰のことだろう。
それを聞こうとした時、夢が終わりだということを告げるように、教室がゆっくりと光に溶けていく。
最期の一希は、行方不明になる前に見せた、無邪気な笑みを浮かべていた。
結羽はそこで目を覚ました。自室の天井の薄暗さが、まだ早朝だということを知らせる。ベッドから起き上がって目を軽く擦ると、擦った手が少し濡れた。あれが一希との本当の別れだということが改めて分かると、また雫が頬を濡らした。
それが止まるまでは、かなりの時間を要した。