第十四話 回想:孤独の少女
紫苑一希が胡蝶蘭結羽に出会ったのは3年前、中学校の入学式の時だ。
校長の長い話にあくびをしていると、ふとある少女が目に入った。栗色のふわふわした髪の少女だ。
おとなしそうな普通の子に見えるが、何故か気になった。
その子とは同じクラスになり、名前が分かった。胡蝶蘭結羽という名前だそうだ。
彼女は他の女子に声をかけられ、楽しそうに話をしているように見える。だが、彼女の背中からは恐怖心がひしひしと伝わってきていた。
何にそこまで怯えているのかは、まだ分からなかった。
それから3か月が経過した。彼女は、休み時間のほとんどを一人で過ごすようになっていた。
机に座り、図書室で借りてきた本を読んでいるのが常だ。
彼女に声をかける生徒はいないし、悪口や陰口を言う生徒もいない。
いわば、彼女は『空気』のような存在なのだろう。
3か月前、彼女から漂っていた恐怖心は何故か薄れている。
人付き合いが苦手なのだろうか? それとも、他に人と関わりたくない理由があるのだろうか?
それが気になり、彼女に声をかけた。
「どうしていつも1人でいるんだ?」
その言葉に驚いたのか、声をかけられたことに驚いたのか、彼女は背中をびくっと震わせた。一瞬ちらりとこちらを見た後、彼女はすぐに目を逸らして、立ち上がる。
読みかけの本を閉じて、そのまま教室から足早に出て行ってしまった。
彼女が出て行った後、反省した。
あんな言い方をして、言葉を返してくれるわけがない。
しばらくの間、彼女が出て行った教室の扉を見つめていた。
それからも毎日、休み時間に彼女に声をかけ続けた。
おはよう、とか。何の本を読んでいるの、とか。他愛の無いことだ。
最初の数日はこちらを無視したり、すぐに教室から出て行ったりしていたが、1週間経って、彼女はようやく口を開いてくれた。
「……どうして、私なんかに話しかけてくるの?」
小さな声だったが、嬉しかった。
「いつも1人でいるから気になって……」
「……私は好きで1人でいるの。私のことなんて放っておいてよ」
そう言った彼女の語尾が微かに震えているのに気づいた。
怖がっている。ここにはないものを。自分でもよく分からないが、そう感じた。
そして、そんな彼女との関係を大きく変える事件が起こった。
登場人物の花言葉
紫苑:「追憶」「君を忘れない」「遠方にある人を思う」